ニューヨークから縁もゆかりもない京都に引っ越した
“よそさん”ライターが見つける、京都の発見あれこれ。
vol.31 京都の人が愛する、くさいお茶
大学生のとき、生まれてはじめてパクチーを口にして、のけぞった。むわっと鼻につく臭い。ほぼ生ごみ臭。うそでしょ、これ食べもの⁉ そんな嫌悪の対象だった緑の葉が、いまでは大の好物である。強烈なクセは、ある日、偏愛なるものへと逆転するのだ。
かなりストロングな燻し香をぷんぷんに放つお茶、京都の[一保堂茶舗]が販売する“いり番茶”もまた、同じく私のなかで大転換したもののひとつ。「タバコを吸いながら作ったお茶では」と疑われることもあるほどのスモーキーさで、初めて飲んだときは「なんじゃこれ」と眉間に皺を寄せた記憶がある。それがいまでは、おみやげで人にせっせと配るほどの愛飲者だ。
さて、そんないり番茶について、最近新発見があった。じつは私、[一保堂茶舗]でのみ売られているマニアックな番茶と思い込んでいたのだけれど、そうではなく、京都では“京番茶”の総称で知られ、他のお茶屋さんでもそれぞれ燻香のクセあり番茶が販売されているという。知らなかった! 地元の人いわく、京番茶は「日常的に飲むお茶」で、「京都の人はあの独特の匂いがないとダメ」なのだとか。へー! 好みがだいぶ分かれるお茶なのに、この街ではメジャーな飲みものとして普及していることに驚いた。一保堂茶舗の広報、川越順子さんによると、京番茶はカフェイン含有量が少ないため、薄めて赤ちゃんに与えたり、幼稚園では園児が飲むお茶として提供されたりと、京都ではみな子どものころから慣れ親んでいるそう。なるほど、京都人の体は京番茶でできている……のだ。
ちなみに、いり番茶は味に加えて見た目もなかなかワイルド。落ち葉? 枝も混じっちゃってますけど? 初見の人はきっと動揺を隠せない。それもそのはず、一番茶や二番茶を採り終えた茶の木を、葉も枝もがーっと一気に刈り取り、蒸してから揉まずに乾燥させ、熱々の鉄鍋で炒ったお茶だから。川越さんいわく、「元々は茶葉の生産者さんが家で飲む用に作っていたものではないか」とのこと。背景には着物も食べものも最後まで余さず使うという、京都人ならではのしまつの心があるとも。そう聞くと、京番茶も文化なのだなあと関心してしまう。
強烈な香りのわりに飲み口はさっぱりな、いり番茶。だから我が家ではたっぷり煮出して冷蔵庫で冷やし、麦茶のようにがぶがぶ飲んでいる。「脂をさっと流すので、揚げものとも相性がいい」と川越さん。天ぷら店やとんかつ店で提供されることも多いそうだ。ほかに「ウィスキーのチェイサーにもおすすめ」と聞いて、ほほぅ、メモメモ。東京の表参道で9月まで開催されている、[一保堂茶舗]のポップアップカフェでは、いり番茶のチャイも登場。さっそく前のめりで飲みに行ったところ、レモングラスやカルダモンのスパイスといり番茶が、鼻や口のなかでぐいぐいせめぎ合い、最後はすうっと喉の奥へ消える新感覚。京番茶、ますます、おもしろい!
- 電話番号075-211-4018
- 住所京都市中京区寺町通二条上ル常盤木町52
- 営業時間10:00〜17:00(喫茶〜16:30LO)
- 定休日第2水
- アクセス地下鉄京都市役所前駅から徒歩9分
Nihei Aya
エッセイスト。9年のN.Y.滞在を経て、2021年に京都へ。著書に『ニューヨークおいしいものだけ』、『ニューヨークでしたい100のこと』、『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』など。4月に京都のエッセイ&ガイド本『京都はこわくない』を刊行。
- Instagram@nipeko55