文/春岡勇二
インド版『ニュー・シネマ・パラダイス』と言えるパン・ナリン監督の『エンドロールのつづき』や、城定秀夫監督・いまおかしんじ脚本という、いま邦画に興味のある人なら見逃せないタッグによる『銀平町シネマブルース』など、このところ映画や映画館を題材にした作品が世界中で多く作られている。それは、コロナの蔓延によって気持ちが内向きになり、いまいちど自分の足元を見つめ直そうとした、その気運が映画に現れた結果と考えて間違っていないだろう。そんな中、世界的な巨匠によって撮られた作品が『エンパイア・オブ・ライト』と『フェイブルマンズ』だ。
『エンパイア・オブ・ライト』の監督は、サム・メンデス。アカデミー監督賞を受賞した『アメリカン・ビューティー』(1999年)や、作品賞・監督賞など10部門でノミネートされ、3部門受賞を果たした『1917 命をかけた伝令』(2019年)、2010年代の『007』シリーズ2本も撮っている。本作の舞台となっているのは、1980年代初頭のイギリス南東部にある海辺の街。エンパイアとは、その街にある、かつての繁栄を語る古くて大きな映画館。ヒロインはその映画館のマネージャー。心に傷を負い、治療を受けながらいまはなんとか平静を保っていて、同僚たちはそんな彼女を温かく見守っている。そんなとき、夢に挫折しながらも前向きに生きる黒人青年が同館で働き出して、彼と触れ合うことで彼女の心は少しずつ動き出していく。ヒロインを演じるのは『女王陛下のお気に入り』(2018年)でアカデミー主演賞を受賞、『ロスト・ドーター』(2021年)でも候補になったオリヴィア・コールマン。当時のイギリスは、景気が低迷し社会への不満や不安が人種差別を引き起こしていく一方で、新たな音楽が生み出されていった混迷と成熟が錯綜した時代。劇中の映画館エンパイアはそんな時代に、ヒロインを始め、心に傷を負った人間たちが集い、誰かと心通わせることで生きる気力を取り戻していく場所として描かれる。それは現実に沿った現代の神話。
『フェイブルマンズ』の監督はスティーブン・スピルバーグ。その業績の説明は不要だろう。スピルバーグは本作によって、昨年の『ウエスト・サイド・ストーリー』に続いて2年連続でアカデミー作品賞・監督賞候補となっている。本作は監督の半自伝的作品で、両親に初めて映画館に連れていかれて、列車の脱線シーンに心奪われた映画原体験から、仲間と共に映画作りに明け暮れた10代の頃が描かれる。それだけなら、なるほど名監督の人生の追体験作品としてまったく想定内の内容だが、それで終わらないのがさすがで、ここには自分が芸術分野を目指すことで起こった、両親それぞれとの葛藤や、ユダヤ系一家であったために受けた差別やいじめ、そして人をヒーローにも悪人にも容易に仕立てあげる映画の持つ魔力的側面についても真摯に向き合っている。闇の中に光を見出す、映画が持つ希望と魔力についての2作品。
『エンパイア・オブ・ライト』 2月23日(木・祝)公開
PG12
TOHOシネマズ梅田、京都シネマ、OSシネマズミント神戸 ほか
監督/サム・メンデス 出演/オリヴィア・コールマン、マイケル・ウォード、コリン・ファース、トビー・ジョーンズ ほか
『フェイブルマンズ』 3月3日(金)公開
PG12
大阪ステーションシティシネマ、T・ジョイ京都、OSシネマズミント神戸 ほか
監督/スティーヴン・スピルバーグ 出演/ミシェル・ウィリアムズ、ポール・ダノ、セス・ローゲン、ガブリエル・ラベル ほか
※この記事は2023年4月号からの転載です。記事に掲載されている情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認下さい。