神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、
田邉栞さんの日々のブックマーク
vol.33
「他人、他人と念じている」
神戸で[本の栞]という本屋をやっています。涼しくなってきたので出店やイベントが目白押しです。詳細はInstagram・HPをご覧ください。Instagram@@honnosiori

9.21 sun.
本屋のオンラインストアに載せる写真はいつも太陽光で撮っているのだが(これは前にも書いたかもしれない)、今日は雲が多くてなかなか店内に光が入らず作業が進まないので諦めて手を止め、『すくいあげる日』を読む。光を物体にしたらこんな感じなんだろう、というような装丁の本。草間さんの書く日記は美しすぎて、なんだかだんだん自分の日記のことが情けなくなってくる。どうしたって毎日は繰り返しで、反復の中に差異が生まれるのは誰にでも平等だけれど、その差異を見つけだして適切な言葉を当てはめるには、よくよく目を凝らしていないといけない。それには気力と才能がいる。いまの私にはそのどちらもない。ただ暮らすことに、慣れてしまっている。

ときどき光の粒みたいな瞬間に出会う。
とどまりたいと願わずにはいられない瞬間。
両手ですくおうとしても、指の隙間からこぼれ落ちていく。
毎日オフィスへ行くようになってから、なんだか饒舌になっている気がする。まだ言葉にする必要のない気持ちまで、無理に言葉にしていないだろうかと不安になる。静けさはぴったりそばにあるときは少しさみしいのに、離れてみると豊かに感じる。どのくらいの静けさが、わたしの生活には必要なのだろう。
いつもとびきりさみしくて、とびきり満たされている。幸福も虚無も、いつも同じページに存在している。
(全て『すくいあげる日』(草間柚佳)より)
 最後まで読んでみると、なかみも光そのものみたいな本で、装丁を見たときの気持ちはただしい印象だったんだなと思う。
 今朝はパートナーが休みだったので、作ってもらった朝ごはんを食べてのろのろと出勤する。ほとんどお客さんが途切れない日。女性のお客さんのお会計をしていたら名前を名乗られたのだが上手く聞き取れず、あ、すいません……と聞き返したら若鮎ひかりさんだった。不意のことでわあとよろこぶ、彼女の日記ZINEを読んでからいつか会って話してみたいと思っていた。自分が好きな日記本の作家の方に会うと、はじめて話すのにこちらはよく知っているようについ思い込んでしまい、すぐに人との境界をあやふやにしてしまう自分の性質もあいまって、初対面の適切な距離感がよくわからなくなる。最近はこれを回避するために、他人、他人、と念じるようにしている。若鮎さんはこの連載を読んで[ポルトパニーノ]へ行ってくれたそうで、これから[ベニマン]にも行こうと思っているとのことだったので、お店の近所のおすすめとして[グルービーベイカーズ]のことをお伝えして見送った。ZINEを読んだときに感じた通りにやっぱり食の好みがあいそうで、せっかくだから若鮎さんのおすすめのお店も教えてもらったりすればよかったなと、お土産にいただいた[シヅカ洋菓子店]のクッキー(素朴で塩気が効いていてとてもおいしい)をつまみつつ考えていたら、「さっきは緊張して上手く話せなかったけど、もっと話したいことがあったから」とお店に戻って来てくれた。心のビームが通じた! 以前、連載に著書のことを書かせてもらったときのことを話し、念願かなって東京のおすすめのお店も教えてもらうこともできた。次にお会いすることがあれば、一緒においしいものを食べましょう!と喉元まで出かかって、また、他人、他人、と念じた。
[ポルトパニーノ]=神戸・西元町で10年以上続くパニーノ専門店。
[ベニマン]=大正時代に果物店としてスタートした神戸・元町の老舗フルーツショップ&パーラー。
[グルービーベイカーズ]=大阪や神戸のパティスリーで腕を磨いた店主による神戸・栄町の焼き菓子店。
[シヅカ洋菓子店]=東京・三田に本店を置く菓子店[シヅカ洋菓子店 自然菓子研究所]。厳選された素材でビスケットや焼き菓子を手がける。


※【連載】栞の栞の過去記事は、ハッシュタグ #栞の栞 をクリック。



- 電話番号080-3855-6606
- 住所神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
- 営業時間12:00~19:00
- 定休日水・木&不定
- カード使用可
※この記事は2025年12月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。








