イラストレーターの久保沙絵子が、毎月1冊をピックアップして、勝手にその本の表紙を制作する企画。イラストが描き上がるまでを追いかけます。8冊目は、末並俊司の『マイホーム山谷』。日雇い労働者の街・山谷を舞台に、貧困や労働、住まいの問題を描いた作品です。

久保沙絵子/イラストレーター。風景画をはじめ、超絶細密なタッチが特徴。雑誌やウエブなどで活躍中。
日本三大ドヤ街のひとつである東京の山谷地区で、ホームレスや困窮者の最後のより所となるホスピス「きぼうのいえ」を設立した山本さんの姿を取材し描いたノンフィクション小説です。
信念を持って、困窮した人を支援する側だった山本さんが心を病み生活保護自給者となり、支援される側になっていった様子は、美談とは言い切れないけれど、人間らしい現実味をありありと含みつつ、貧困や孤立は決して人ごとではないと確信した時に、福祉という観点から、どういう社会であって欲しいかを考えるきっかけになる1冊です。
著/末並俊司
小学館
NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』で取り上げられ、映画化までされた山本さんご夫妻ときぼうの家ですが、妻さんの美恵さんは結婚指輪と手紙を置いて家を出ていってしまいました。
きぼうのいえのスタッフとの駆け落ちでした。
その後、美恵さんの消息はわからないままです。
そして、美恵さんの失踪後、山本さんに統合失調症の症状が現れ始めました。
それでも山本さんはなんとか、新しいきぼうのいえを設立することに現状の打破を求めました。
しかし山本さんの精神は危うい状態でした。
そして、きぼうの家の定例会で山本さんは理事長を解任され一般の理事に降格となりました。
本来の職務を半ば放棄して自分の計画に邁進してしまった山本さんは、翌年についに解任されてしまいます。
「お先真っ暗って言葉があるけれど、本当に動揺した時は視界は紫色になるんだ。」
という山本さんの言葉が印象的でした。
美恵さんの失踪を経てもまだ福祉の方面へ希望を見出そうとした山本さんは本当にすごいと、読んでいて思いました。人に裏切られること、特に信じていた人に裏切られることは自分の一部がぼろりと崩れるような苦しい感覚です。自分自身がその人のことを見誤っていたのだと、その事実だけで納得できればいいですが、それもなかなか難しい。美恵さんの失踪だって、きちんと山本さんに会って言葉で伝えて正しい去り方があったのではないかと思います。
シャッターは特に描くのが楽しいモチーフの一つです。
この菱形のマークの意味はなんだっけ、と思いながら菱形も描きました。
3年前にふと思い立ち自動車学校に通い始めた私ですが、不向きだったようで補講(追加料金有)を何度も受けて、やっとの思いで免許を取りました。
いろいろ察して、今はペーパーのゴールド免許です。
本当はもっとまっすぐピンと張られていたのでわすが、シュッとしてしまいすぎるとこの小説とイメージが離れてしまうように感じて、たわませました。
道の奥に巨大なタワーがあるのは絵としてなんだかちょっと不自然です。
だけど、実際にスカイツリーを見るといつも”うそみたいな建物やなぁ”と思うので、絵も不自然で良いのでしょう。
納得して、完成です!
後に著者の末並さんは情報を集め、やっとのことで失踪から10年後に美恵さんを見つけ出します。「これ以上、魂にウソをつくことはできません。」と書き残して失踪した美恵さんは、たとえ言葉をつくして説明したとしても分かってはもらえないと思い、そんな短い文書を残したと言っていました。
分かってもらえないから言葉にしないのは、本当はちゃんと伝えられるはずの言葉の力を借りることを放棄しているし、自分の行動に対して無責任な感じがしてしまいました。
しかし、美恵さんが失踪した理由は駆け落ちだけでなく、山本さんの事業の進め方に疲れ切ってしまったことも原因でした。
山本さんは、きぼうのいえをさらに広げようという野望の虜になり、各所でお金の問題を起こしており、そばで見守りつつきぼうのいえよ業務に追われる美恵さんの心は疲れ切ってしまったのです。
山本さんと美恵さんは離れてしまいましたが、きぼうのいえは、二人の理想を具現化し、現在も山谷のケアシステムを支えています。
山谷のケアシステムは、誰かのことを思って何かを施すことで感謝され、それが喜びに伝わる、奉仕の精神や善意などの不確かなものに頼って成立してきたため、山谷という成り立ちを持つ街でなければ成立しないシステムだといえると書かれていました。
誰かを助けたい、支えたいという熱い気持ちから路上生活者のためのホスピスを設立した山本さんが、苦しい時期を経て生活保護を受給しながらヘルパーさんのケアを受けて生きていることが、ひとりの人間である以上、どちら側、あちら側と分けることができないことを実感します。
最近の貧困は目に見えにくいと、テレビのドキュメンタリー番組で知りました。
貧困で家がなく路上生活をするのではなく、漫画喫茶等でずっと生活していたり、シングルマザーの家庭で子供にも食事を3食与えられなかったり、新しい形でひっそりと苦しむ人たちがいます。
自分自身が貧困にならないように現状を守りつつ私に何ができるのか、考えるためのきっかけになった1冊でした。

久保沙絵子
大阪在住、雑誌やウエブなどで活躍中のイラストレーター。風景画をはじめ、超絶細密なタッチの作風が特徴。線の質感にこだわり、作品はすべて一発書き! 制作は、生命保険の粗品のスヌーピーのコップで白湯を飲みながら。また、街中でスケッチすることも。もし、見かけたらぜひ声をかけてください。
- Instagram@saeco2525
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