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イラストレーターの久保沙絵子が、毎月1冊をピックアップして、勝手にその本の表紙を制作する企画。イラストが描き上がるまでを追いかけます。5冊目は、伊藤ちひろ『ひとりぼっちじゃない』です。2023年に原作者自身が監督を務める映画版が公開し話題となりました。

久保沙絵子/イラストレーター。風景画をはじめ、超絶細密なタッチが特徴。雑誌やウエブなどで活躍中。

小さい頃から人とのコミニュケーションがうまく取れない男性が主人公の恋愛小説です。悩みながらも前向きにいようとするけれど、どうしても思うような自分になれない中、一人の女性と出会い、少しずつ変わっていくストーリーなのですが……、恋をして徐々にすてきな男性になっていく、という単純なものではないところがこの小説の面白いところ。

初めから終わりまで日記形式で書かれていて、人の日記を盗み見るような新鮮さもある小説です。

『ひとりぼっちじゃない』
著/伊藤ちひろ
KADOKAWA (角川文庫)

ススメ先生は、宮子さんへの思いを日に日に募らせていきます。
そして、淡い恋心から狂気的な気持ちが少しずつでも含まれていきます。
日記の中の言い回しからも、そんな日ごとの気持ちの変化が伺えます。

理解できない宮子さんの言動に傷つけられ、振り回されるススメ先生にお薦めしたい詩があります。茨木のり子さんの「汲む」という詩です。

傷つきやすい心でも大丈夫です。ということを教えてくれる詩です。
その詩の中に”生牡蠣のような感受性”という言葉が出てきます。

私はこの言葉がとても好きです。

以前、いわさきさんの食品サンプルの展示館に姉と行った時、
姉は焼き鳥の耳かきを、私は牡蠣のキーホルダーを買いました。
私が牡蠣のキーホルダーを選んだのは、生っぽさがいいなと思ったからです。
そんな牡蠣を心に例えるなんて、すごい。と、思います。
ススメ先生の感受性はまさに生牡蠣です。

繊細で生々しくて、中身はけっこうグロテスク。
でも、そんな心でも大丈夫ですよ。という言葉と出合えたら、絶対に救われると思います。
小説のなかに入って教えてあげることができないのがもどかしい。

全ての物の形を描きました。あとは質感を描いていきます。

質感を描くと一気に表情が出ます。ゴミ置き場の上は抜けていて空が見えます。開放感があります。

 
この小説の終わり方は、人によって捉え方がさまざま。ハッピーエンドと捉える人、ホラー的に捉える人、いったい何だったんだ。と思う人、さまざまです。

私は、ハッピーエンドだと感じました。
最後の日の日記がとても爽やかに思えて、ススメ先生は苦しい片思いの末に自分なりの決着をつけることに成功したのだと思いました。

恋は、しようと思って出来ることではないから、すごいことです。
でも、もうやめようと思ってもやめられないから苦しいものです。

作者の伊藤ちひろさんは、「恋愛に対する膨大なエネルギーみたいなものは怖い。恋愛は、向かう方向によってはホラーだなと、日頃から思っています。」と、対談で話されていました。

誰かを好きになることは間違いなく美しい気持ちなのに、その気持ちが歪曲して形を変えると狂気になる可能性もある。それほど猛烈に誰かを好きになれることがうらやましく、そんな狂気をどうにか鎮めないといけない苦しさが恐ろしいです。

この小説の終わり方をどう捉えるか、長に長いある一人の男性の日記から、この恋をどう見るか、さまざまな捉え方があるのはこの小説の味わい深さなのだと思います。この本が大好きすぎて、わたしは文庫本と単行本の2冊持っています。町田久美さんの装画がすてきです。(いつか町田さんの絵を買えたらいいな…と思っています)

これからもずっと周りの人にお薦めし続けたい一冊、ぜひ読んでみてください。

WEB連載「久保沙絵子の勝手に表紙作ります。」は、毎週水曜更新!次回は、新しい作品がスタート。7/4(水)公開予定です!
著者

久保沙絵子

大阪在住、雑誌やウエブなどで活躍中のイラストレーター。風景画をはじめ、超絶細密なタッチの作風が特徴。線の質感にこだわり、作品はすべて一発書き! 制作は、生命保険の粗品のスヌーピーのコップで白湯を飲みながら。また、街中でスケッチすることも。もし、見かけたらぜひ声をかけてください。

  • Instagram
    @saeco2525

※過去記事は、ハッシュタグ #久保沙絵子の勝手に表紙作ります をクリック

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