栞の栞ヘッダー-100

神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、則松栞さんの日々のブックマーク

VOL.4
散歩している犬だと思ったら鳩だった

text and photo
則松 栞(のりまつ しおり)
神戸で[本の栞]という本屋をやっています。
6月上旬は改装のため1週間ほどお休みです。
詳しくはSNSをご覧ください。
私ごとですが最近結婚しました。

3.24 fri.

 風の強い春の日は潮の匂いがする。大きく吸い込んで歩く。
 SNSを眺めていたら、[チーニーカリー] 1 の日替わりメニューがホタルイカのプラオだったので、つい2日連続でカレー。昨日は牡蠣の白いカレーだった。昨日は「これって……世界一おいしいのでは」と思ったけれど、今日もまったく同じことを考えた。[チーニー]のカレーを食べているときの私は多分、かなりにやにやしている。プラオはスパイスの炊き込みご飯みたいなもので、やさしくて食べやすい味。[チーニー]以外ではあまり見たことがない。[チーニー]のカレーは、スパイス感はしっかりあるのに脂っこくなく〝かるっ〟としていて、そしてとてもおいしいので、おいしいものを食べられてうれしいという気持ちよりも食べたらなくなっていくという悲しみがやや上回り、帰り道には謎の喪失感がある。

1 神戸・元町にあるパキスタン料理店。独創的なパキスタンカレーのほかアラカルトも充実。

4.10 mon.

 散歩している犬だと思ってぼーっと眺めていたら鳩だった。
 いつものようにちょっとだけ遅刻気味に店まで行ったら、シャッターの前でぽつんと待っているお客さんがいて申し訳なかった。鳩のせいだ……。これからは10分早く家を出ます。すみません。店は4月に入ってから静か。みんな、あらたな生活に忙しいのですか。
 今日の仕事は、オンラインストアの発送の鬼となっていたら、あっという間に閉める時間だった。お客さんがだあれも来ない日だってやることだけはあるのだ。柿内さんのあたらしい日記本『差異と重複』 2 、でかくて重い本なのでなかなか大変だった。小型犬ぐらいあると柿内さんが言っていたらしい(発送作業がやばいという話をしていたらお客さんが教えてくれた)。小型犬をどんどん袋に詰めていく作業。
 そんなことを考えていたら日記を一週間ちかく書いていないことに気付き、メモを見ながらまとめて書く。8年近く続けていてもわりと頻繁に存在そのものを忘れる。不思議だな。
 寝る前にこのあいだ[誠光社] 3 で買った薄い冊子を読む。『Melbourne 1』 4 、墨黒のような色の表紙に銀の箔押しでタイトル。色鉛筆で落書きしたようなところがあったり、三角形の欠片のようなページが挟まってきて、その上に重なるように印刷されていたりと、なにかと凝ったつくりがおもしろくて買った。

「真昼の時間なのに薄暗い台所には、冷蔵庫が二つあった。三ドア式の中ぐらいのと、一つだけのドアで古い型の一メートルほどしか高さがないのと。絵莉は最初に大きいほうを開けて、飲み物が昨夜の残りのワインや焼酎しかないのを確かめると、土間に置かれた小さい方を開けたけれど、こっちは西瓜しか入っていなかった。」

 
 柴崎友香さんの短編で、嫌いな夏が恋しくなった。夏でも冷んやりした、祖母の家を思い浮かべる。

2 2021年と2022年の日記が上下段に並んで記載されるスタイルがユニークな柿内正午による日記本。零貨店アカミミ刊。 3 京都・河原町丸太町の書店。新刊のほか一部古書、リトルプレスも扱う。オリジナルの出版物も発行。 4 長嶋 有、柴崎友香、福永 信らによる同人誌。1500部限定。

4.24 mon.

 生活のこまごました手続きに追われ、毎日なにかと忙しい。店のことそっちのけでやっていかないとなかなか片付かない。東京に住んでいる友人がぷらっと顔を出してくれた。お客さんがいたので小声で近況を話しあう。あのとりにく(大昔のあだ名)がねえ、っていうかなんで部位が結婚できるねん、とぼそぼそ言われて、とりにくは部位じゃなくて総称だよ、とぼそぼそ言い返す。
 食べすぎで若干の胃の痛みを感じながら、寝転がって僕のマリさんの『書きたい生活』 5 を読む。

「生活さえ楽しければ、潤って、豊かでいれば、この先の不安はそんなになかった。もちろん、精神的に弱ったり、身体を壊したり、なんらかのトラブルに見舞われることはあると思うけれど、それでもなんとかなるし、なんとかしてきたから、と思えるようになった。それに、どこにいたって執筆はできる。だから、とにかく書き続けてみよう。それさえできたら、あとのことは自ずとついてくるはずだ。」

 生活が楽しければ大抵のことは大丈夫、ってなんとなく忘れていた感覚だな、と思う。前の前の前の家に住んでいたころ、古本屋で時々アルバイトしながらのんきに暮らしていたころは、そう思って過ごしていたような気がする。本屋をはじめてからは、基本的に1日中店にいるし、休みは週1日だし、それどころじゃない感じがしていた。今度引っ越したら、以前のような「暮らし」らしい暮らしを取り戻せるといいな、と思いながら本を閉じて布団に入る。

5 『常識のない喫茶店』で話題を呼んだ文筆家、僕のマリによるエッセイ集。柏書房刊。
店舗情報
神戸・元町
本の栞
  • 電話番号
    080-3855-6606
  • 住所
    神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
  • 営業時間
    12:00~19:00
  • 定休日
    水・木&不定
  • クレジットカード使用

※この記事は2023年7月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。

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