深掘りすればより面白い!シネマ予習帳
vol.16『かくかくしかじか』
人気漫画家と恩師の笑って泣いた9年間
映画評論家・春岡勇二がさまざまな角度で作品を掘り下げる連載。
今回は、5月16日(金)公開の『かくかくしかじか』を深掘りします。
映画館に行く前に予習しよう!
竹刀を片手に持っての熱血指導なんて聞くと、おいおい、時代錯誤もはなはだしいスパルタ・スポ根ものかなんて思うが、それが先生役が大泉洋で生徒役は永野芽郁と分かると、これはなんだか面白そうとなる。さらに人気漫画家・東村アキコの原作コミックを知っている人なら、あの名作がついにこのキャスティングで映画化されたのかと期待が膨らむに違いない。そう、本作は東村アキコが自身の高校・大学・駆け出しの漫画家時代にずっと交流のあった、町の美術教室の先生と自分のことを題材にした自伝的コミックの映画化作品で、原作コミックは、2015年に第8回マンガ大賞と、第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で大賞を受賞している。早くから映画化を打診されていたものの、完璧な形での映画化は無理だろうと原作者が固辞していたが、主演に永野芽郁を提案されたことで、自身が脚本や製作に関与する形でこれを受諾したという。そして、先生役には大泉洋を指名したとも。つまり、永野芽郁、大泉 洋のキャスティングは、原作者・東村アキコのお眼鏡にかなった、あるいは希望したキャスティングということだろう。
物語は、自分で絵がうまいと信じていたお気楽な性格の高校生が、美大受験のために高校3年生になってから通いだした町の美術教室の、口が悪く乱暴で、でも、どこまでもまっすぐで愛情深い、個性的で面倒くさく、あまりに魅力的な先生との10年に近い交流を描いたもの。舞台は原作者の地元である宮崎と、通っていた大学のある金沢。終盤、少しだけ東京となるけれど、金沢でも東京でも根っこで宮崎とつながっているので、作品全体の印象としてほぼ宮崎となっている。そこで生きてくるのが、主人公が言うところの宮崎の県民性。おおらかでのんびりとしていてお人好し。そんな穏やかで、どこまでも明るい空気感が作品の底にずっと流れているので、描かれている教室のスパルタのキツい感じも、ユーモラスで楽しく観ることができる。また、そこにはもちろん永野芽郁と大泉洋の明るく、いい意味で軽い持ち味が存分に生かされている。永野は天真らんまんでキュート。そして大泉演じる先生は、生徒にともかく「描(か)け、描け」と言い続ける人だが、大泉はこの「描け、描け」を、宮崎弁のニュアンスを残しつつ、声の高低や抑揚でシチュエーションごとに微妙に使い分け、役者としての耳の良さを感じさせる。二人の演技のやり取りは、楽しいシーンはもちろん、悲しいシーンにも生気があるので、観ている者はどちらのシーンも素直に受け止められる。初めは超怖い先生とダメダメ生徒だった二人が、やがて師弟関係を越えてある種のソウルメイト的な関係になっていく様子を笑い、そして泣きながら目撃していくことになるわけだ。
他の出演者には、現実をシビアに見つめる主人公の同級生を演じた見上 愛、主人公に褒められて美術の道に進む後輩のヤンキー役の鈴木 仁らがいるが、なかでも主人公が大学時代から付き合う、ともかくかっこいい美大生を演じた神尾楓珠がわずかな出演シーンながら印象に残る。
新学期や新年度が始まって少し落ち着き、これまでの人生の分岐点や、そのとき出会った人たちを思い出すこともあるこの時季、温かい気持ちにさせながら心に刺さる作品です。
原作は東村アキコの自伝漫画『かくかくしかじか』
東村アキコ/1975年生まれ、宮崎県出身。高校時代は美術部部長を務め、金沢美術工芸大学美術科油絵専攻に進学。卒業後、会社員をしながら漫画創作を始め、1999年、『フルーツこうもり』でデビュー。代表作に『主に泣いています』『東京タラレバ娘』などがある。
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のんがクラゲオタク役を快演
『海月姫』 (2014年)
オタク女子たちが住む男子禁制のアパート「天水館」。主人公・月海は、そこで楽しく暮らしてきたが、そこに美形の女装男子・蔵之介が出入りし始め、さらに立ち退き騒動が勃発し……。
監督/川村泰祐 原作/東村アキコ
出演/のん、菅田将暉、長谷川博己、池脇千鶴、馬場園 梓、太田莉菜 ほか
次はこれ見よ!“主人公が芸大入学、漫画家を目指すお薦め作品は……”
情熱を武器に芸大突破!
『ブルーピリオド』 (2024年)
無為な日々を送っていた男子高校生が美術に目覚め、あっという間にのめり込み、東京藝大を目指す。彼の周りには女装男子や才能豊かなライバルなどが集い、熱い青春を繰り広げていく。
監督/萩原健太郎 出演/眞栄田郷敦、高橋文哉、板垣李光人、桜田ひより、薬師丸ひろ子、江口のりこ ほか
昨年、高評価を得た秀作アニメ
『ルックバック』 (2024年)
一緒に漫画家を目指す、正反対の性格を持つ二人の少女の友情と葛藤を描く物語。昨年多くの作品に出演し、賞を総なめにした河合優実が主人公の一人の声をあてているのも話題になった。
監督・脚本/押山清高
声の出演/河合優実、吉田美月喜、斉藤陽一郎、岡 幸太、牧 紅葉、吉橋航也 ほか
監督は、『地獄の花園』で映画デビューを果たした関 和亮

関 和亮/1976年生まれ、長野県出身。Perfumeやサカナクション、星野 源などのミュージック・ビデオを多数手掛けるほか、CM・ドラマのディレクター、フォトグラファーなどさまざまな分野で活躍。永野芽郁主演の『地獄の花園』(2021年)で映画デビューを果たした。
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バカリズムの脚本も話題に
『地獄の花園』 (2021年)
主人公が普通の会社員として働く会社の裏側では、会社員たちの熾烈(しれつ)な派閥争いが行われていたが、そこに元カリスマ・ヤンキーが中途採用で現れたことから激しさがさらに増していき……。
監督/関 和亮 脚本/バカリズム
出演/永野芽郁、広瀬アリス、菜々緒、川栄李奈、大島美幸、小池栄子 ほか
先生役には大泉 洋、生徒役は永野芽郁。二人の演技のやリ取りに注目!

大泉 洋/1973年、北海道江別市で生まれ、小学5年生のときに札幌へ引っ越す。北海学園大学在学中に芸能活動を始め、演劇ユニット「TEAM NACS」で人気を博す。2004年に本格的に東京進出を果たし、以後、俳優のほかに音楽活動や司会者としても活躍。

永野芽郁/1999年生まれ、東京都出身。小学3年生のときにスカウトされ芸能界デビュー。2010年からファッション誌のモデルを務め、映画『俺物語!!』(2015年)で脚光を浴びる。以降、同世代のトップ俳優として活躍。2025年の正月映画『はたらく細胞』(2024年)でも主演を務めた。
MOVIE INFO.
『かくかくしかじか』
5月16日(金)公開
監督/関 和亮
出演/永野芽郁、大泉 洋、見上 愛、畑 芽育、大森南朋 ほか
上映館/MOVIX京都、大阪ステーションシティシネマ、109シネマズHAT神戸 ほか
©東村アキコ/集英社 ©2025 映画「かくかくしかじか」製作委員会
文/春岡勇二
映画評論家、大阪芸術大学客員教授。20代のとき勤めていた雑誌社の仲間とお花見をした。もう40年のお付き合い。
※この記事は2025年6月号からの転載です。記事に掲載の情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認ください。