CINEMA_HE-100

映画評論家・春岡勇二がさまざまな角度で作品を掘り下げます。今回は、11月29日(金)公開 『雨の中の慾情』を深掘り! 映画館に行く前に予習しましょ。

深掘りすればより面白くなる!
11月29日(金)公開 『雨の中の慾情』

お、こうきたか、の片山流つげ義春

文/春岡勇二

©2024 「雨の中の慾情」製作委員会

 寂れた景色を激しい雷雨が襲っている。そこに屋根も板壁も大きく剝がれ落ち、今にも崩れそうなバス停があり、中で女が一人、濡れた服を絞っている。そこへ男が駆け込んでくる。男は女に並んで立ち、女に声をかける。「金目の物を身に着けていると危ないですよ」。雷鳴が鳴り響く。アクセサリーを外してかばんに入れる女。「その服のボタンもだ」。慌てて上着を脱ぐ女。彼女はいつしか下着姿になっている。男もパンツ一枚の姿だ。男が思い出したように言う、「ブラジャーの留め具も金属ですよ」。ブラジャーを外す女。バス停の屋根には、なぜか自転車が放り上げられて乗っかっている。それを見ながら男がつぶやく。「ここも危ないなあ」。男は突然、女の手を取って雨の中を走り出す。すると直後、バス停の屋根に雷が落ちて炎が上がる。降りしきる雨の中、泥田の中を女の手を取って走る男。女がつんのめる。男は女を襲って背後から犯す。次のシーン、きれいな水が流れ、高さはないが幅のある滝の近くで、笑い合いながら泥を落とし合っている男と女。雨は上がって空の低いところに虹が出ている……。映画が始まってここまでおよそ4分。おそらく、本作の原作となっている、漫画家・つげ義春の『雨の中の慾情』に即して展開しているのは、このあたりまでのような気がする。映画はこの後、まるで違う世界で昼間から寝ている男の顔に虹が差し、男は目覚めてその虹をつかもうとするがつかめず、やがて先ほどまで見ていた夢、バス停からの出来事を漫画に描き起こそうとする。本編と言うべき物語はこうして始まる。男は貧しい地域に住む売れない漫画家で、住んでいる部屋の家主に頼まれ知り合いの引っ越しの手伝いに行くと、崩れた色香を全身から放つ、夫と別れたばかりの女と出会う……。というように、『雨の中の慾情』以外のつげ作品のモチーフを取り込みながら展開していくのだが、やがてそこにも秘密があって、さらに現実と夢が幾重にも交錯していく。そうか、これが『岬の兄妹』『さがす』と何かと世間を騒がす映画を撮る異才・片山慎三監督が、漫画『ねじ式』『紅い花』『無能の人』などシュールで叙情的、かと思えば扇情的でもあり人間の深いところをえぐるように描く、つげ作品に挑むスタイルなのかと思った。脚本協力は『ドライブ・マイ・カー』の大江崇允。そして物語は、売れない漫画家の男が、一人の女を恋慕する大人の恋の話と見せかけて、やがて驚くほど大きなスケール感を持っていき、この作品が日本と台湾の共同製作であったことを思い出させる。男を演じるのは成田 凌。女は中村映里子。激しい濡れ場から、少しやさぐれた感じの男と女の心のもつれまで、二人で幅と奥行きが求められる芝居に果敢に挑んでいる。ここに森田剛に竹中直人といった癖者が絡み、台湾映画界の美人俳優・李杏が華を添える。
 スケール感や描かれる内容については、作品の性質上、ここでは触れられないので、ぜひ映画館で確認してほしい。ただ言えるのは、これまでにも石井輝男や本作にも出演している竹中直人、それに山下敦弘など才能ある映画監督たちがつげ作品の映画化に挑み、それぞれのつげ義春を力強く表現してきたが、今回もまた、つげ作品がいかに映画作家を強く刺激するのか、改めて深く認識できたということ。僕は、久しぶりに『紅い花』が読みたくなった。

監督・脚本は『岬の兄妹』でデビューの片山慎三

片山慎三/1981年生まれ、大阪府出身。専門学校を卒業後テレビの現場に入り、やがて映画の助監督となる。韓国の名匠、ポン・ジュノや、山下敦弘監督の助監督を務め、『岬の兄妹』(2019年)で監督デビュー。その他の作品に『さがす』(2022年)などがある。

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片山監督、衝撃のデビュー作
『岬の兄妹』 (2019年)
脚に障害を持ち失職した兄は、自閉症の妹が男に体を許して金を受け取っていたことを知り、罪の意識を持ちながらも妹の売春のあっせんを始めるが……。地方都市の暗部を暴き、家族の本質をえぐる問題作。
監督・脚本/片山慎三
出演/松浦祐也、和田光沙、北山雅康、岩谷健司、中村祐太郎 ほか

『ガン二バル』でもタッグを組んだ大江崇允が脚本協力

大江崇允/1981年生まれ、大阪府出身。専門学校を卒業後テレビの現場に入り、やがて映画の助監督となる。韓国の名匠、ポン・ジュノや、山下敦弘監督の助監督を務め、『岬の兄妹』(2019年)で監督デビュー。その他の作品に『さがす』(2022年)などがある。

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評価も興行も高成績を収めた秀作
『ドライブ・マイ・カー』(2021年)
村上春樹の原作を映画化。喪失感を抱えて生きる舞台演出家が、ある演劇祭で専属ドライバーの女性と出会い、自身の心の奥底を見つめていく。アカデミー賞国際長編映画賞など多くの賞を受賞した。
監督・脚本/濱口竜介
出演/西島秀俊、三浦透子、岡田将生、霧島れいか、安部聡子 ほか

原作は、美術・文学界から高い評価を得るつげ義春

つげ義春/1937年生まれ、東京出身の漫画家・随筆家。1960年代の漫画雑誌『ガロ』に発表した作品で若者の支持を集め、特に『無能の人』や、シュールな作品の『ゲンセンカン主人』は熱狂的なファンを生んだ。1988年以降漫画は休筆状態だが、作品は美術・文学界から今も高い評価を得ている。

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竹中直人の初監督作品も……
『無能の人』(1991年)
俳優・竹中直人が主演の他に初監督も務めた作品。1985年に発表され、その後休筆期間に入るつげの、シリーズ連作の映画化。河原で石を売る男とその家族を黒いユーモアを交えながらも温かく描く。
監督/竹中直人 
出演/竹中直人、風吹ジュン、三東康太郎、山口美也子、マルセ太郎 ほか

つげ作品をたっぷり4本
『ゲンセンカン主人』(1993年)
『李さん一家』『紅い花』『ゲンセンカン主人』『池袋百点会』の4本をオムニバス形式で描いた意欲作。つげ作品のファンとして知られる佐野史郎が、売れない漫画家役で4本を貫いて登場する。
監督・脚本/石井輝男 
出演/佐野史郎、横山あきお、岡田奈々、水木 薫、川崎麻世 ほか

MOVIE INFO.

『雨の中の慾情』
11月29日(金)公開 〈R15+〉

監督・脚本/片山慎三 原作/つげ義春『雨の中の慾情』 出演/成田 凌、中村映里子、森田 剛、足立智充、李杏、竹中直人 ほか 上映館/MOVIX京都、TOHOシネマズ梅田、OSシネマズミント神戸 ほか
©2024 「雨の中の慾情」製作委員会

文/春岡勇二
映画評論家、大阪芸術大学客員教授。舞台「バサラオ」を観る。久々の劇団☆新感線のケレン味を堪能。

※この記事は2025年1月号からの転載です。記事に掲載の情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認ください。

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