映画評論家・春岡勇二がさまざまな角度で作品を掘り下げます。今回は、10月25日(金)公開 『八犬伝』 を深掘り! 映画館に行く前に予習しましょ。
深掘りすればより面白くなる!
10月25日(金)公開 『八犬伝』
虚と実が交錯する娯楽超大作
文/春岡勇二
日本の幻想冒険小説の原点とも言える『南総里見八犬伝』(以下『八犬伝』)。作者の滝沢(曲亭)馬琴が、この小説を書き上げたのは1842年のこと。執筆にかかった年月はなんと28年。全98巻、106冊の大作だった。戦国時代、玉梓(たまずさ)という女の怨霊によって呪われた里見家を救うため、仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌の霊玉を持つ八人の剣士が巡り会い、集い、力を合わせて怨霊と闘う物語。読本が刊行中のころから歌舞伎の演目となり、庶民の人気を集めた。2023年に放送されたNHKの朝ドラ、牧野富太郎博士を題材にした『らんまん』では、浜辺美波演じる博士夫人の寿恵子が、“八犬伝オタク”という設定だったのも記憶に新しい。1973~1975年にNHKで放送された人形劇『新八犬伝』を覚えている人も多いはず。辻村寿三郎の人形美術に魅了され、八犬士の活躍に胸を躍らせた少年・少女たち。本作の監督・曽利文彦もその一人だった。曽利監督にとって『新八犬伝』は映像作家としての原体験であり、いつか『八犬伝』を撮るという思いは、エンターテインメントの世界に入ってから頭を離れたことは一度もなかったという。ただ、今の時代に『八犬伝』をそのまま映画化する意義があるのか……という疑念もあったのだが、それを吹き飛ばしてくれたのが、山田風太郎による本作の原作『八犬伝上・下』(角川文庫刊)だった。そこには、『八犬伝』の物語が“虚”として展開される一方で、それを執筆する馬琴の様子が“実”として並行して描かれていて、“実”の部分には馬琴の友人の葛飾北斎も重要な登場人物となって現れる。曽利監督は、そこに記された馬琴の生き方や考え方に自身も共感するものが多く、今の時代のエンターテインメントを創る者の姿勢として、大きな勇気と示唆をもらったという。映画を観れば、その監督の言葉にうそがないことがよく分かる。
映画も、原作通り、馬琴を描く“実”と、『八犬伝』の物語を描く“虚”が並行して展開されていく、と書くのは簡単だが、それはいわば、まるでテイストの違う時代劇を2本同時に撮るようなもので、それがどれだけ大変か。考えただけでもぞっとするが、本作は“実”と“虚”のどちらもが、見応えのあるものに仕上がっているのがまずすごい。もう一つすごいのはキャスティング。馬琴に役所広司、北斎に内野聖陽が扮(ふん)し“実”部の芝居は二人の掛け合いが主となっている。動き回る内野に対して、座ったままで、内野の演技を受けたり流したりする役所。『南総里見八犬伝』という畢生(ひっせい)の大作制作に挑みながら、馬琴と北斎の絡みには、巧みなユーモアがあり、観ていて楽しい。それに寺島しのぶ、磯村勇斗、黒木華が加わる“実”の豪華さ。一方で、“虚”部には、八犬士役に渡邊圭祐、板垣李光人、水上恒司ら充実の若手俳優が挑み、それに土屋太鳳、河合優実、栗山千明が絡む。そのなか、ヒロインのポジションにいるのが河合優実。撮影されたのは今から2年前で、その時から彼女に注目していたのもさすがだ。
さらに曽利作品の特長である見事なVFXも健在で、“虚”部の合戦シーンは派手だしアクションの切れもいい。そんな見せ場満載の作品の裏にあるのは、エンターテインメントとは何のためにあるのか、という至って真摯(しんし)なテーマ。これもまた映画に厚みを与えている。
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SHOGUNの若き日がここに
『里見八犬伝』 (1983年)
『八犬伝』に新解釈を加えた脚本家・鎌田敏夫の原作を、『仁義なき戦い』(1973年)の名匠・深作欣二監督が映画化。薬師丸ひろ子演じるお姫様を守って、後のSHOGUNこと真田広之が大活躍。
監督/深作欣二 出演者/薬師丸ひろ子、真田広之、千葉真一、寺田 農、志穂美悦子 ほか
監督・脚本は『ピンポン』の曽利文彦
1964年生まれ、大阪府出身。1996年に南カリフォルニア大学大学院入学。在学中にデジタルドメイン社でCGアニメーターとして映画『タイタニック』(1997年)に参加。帰国後『ピンポン』(2002年)で映画監督デビュー。その後も『鋼の錬金術師』(2017年)など話題作を手掛ける。
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卓球シーンの迫力が衝撃的
『ピンポン』 (2002年)
松本大洋の同名コミックを映画化。卓球に青春を賭ける高校生たちの闘いと友情の物語。出演者たちの熱演も高い評価を得たが、VFXを駆使した試合シーンの迫力は映画ファンの度肝を抜いた。
監督/曽利文彦 出演者/窪塚洋介、井浦 新、サム・リー、中村獅童、大倉孝二 ほか
多くの話題作に出演、磯村勇斗
1992年生まれ、静岡県出身。『仮面ライダーゴースト』(2015年)で注目され、NHKの朝ドラ『ひよっこ』(2017年)で脚光を浴びる。2022~2023年の間に『前科者』、『PLAN75』、『最後まで行く』、『波紋』、『月』、『渇水』など多くの話題作に出演。筆者が選考委員長を務める「大阪シネフェス」にも来てくれた。
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演技者としての力を遺憾なく発揮
『月』(2023年)
実際に起こった、障害者施設大量殺傷事件を題材にした辺見庸の同名小説を、俊英・石井裕也監督が映画化。磯村は施設の職員で、心優しい青年が次第に常軌を逸していく姿を見事に演じた。
監督・脚本/石井裕也 出演/宮沢りえ、磯村勇斗、長井恵里、大塚ヒロタ、笠原秀幸 ほか
八犬士役に挑む若手俳優、渡邊圭祐
1993年生まれ、宮城県出身。『仮面ライダージオウ』(2018年)でレギュラーキャストに抜擢され注目を集める。現在、NHKの大河ドラマ『光る君へ』に、藤原道長の長男で宇治の平等院を造営する藤原頼通役で出演中。今後、ますますの活躍が期待される。
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二人の女と一人の男
『恋のいばら』(2023年)
渡邊演じる、女性にだらしのない男を巡って、元カノと今カノが共犯関係を築いていく。いびつな三角関係だが、多くの男女にあてはまるかもしれない恋愛の機微を奇才・城定秀夫監督が活写する。
監督/城定秀夫 出演/松本穂香、玉城ティナ、渡邊圭祐、中島 歩、北向珠夕 ほか
MOVIE INFO.
『八犬伝』
10月25日(金)公開
監督・脚本/曽利文彦 出演/役所広司、内野聖陽、土屋太鳳、渡邊圭祐、寺島しのぶほか 上映館/T・ジョイ京都、TOHOシネマズ梅田、Kino cinéma 神戸国際 ほか
©2024 『八犬伝』FILM PARTNERS.
※この記事は2024年12月号からの転載です。記事に掲載の情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認ください。