はからずも見えてきた
コロナ後のこころ模様
文/春岡勇二
2012年に話題となった映画『桐島、部活やめるってよ』の原作や、2013年の直木賞受賞作『何者』などで知られる作家・朝井リョウ。彼が作家生活10周年記念作として発表し、ベストセラーとなった『正欲』の同名映画化作。これが見応えがある。
主演は稲垣吾郎。彼が演じているのは、他の登場人物たちと対立する、多数派側の人間。とはいえ、彼にも悩みはあり、息子の不登校をきっかけに、周囲からの孤立を強めている。一方、彼と対立する側には3人の人物がいて、さらに直接的な対立軸からは少し離れているものの、所属は明らかに3人の側の者がもう1人。3人にはあるフェティシズムがあり、それは、それを有しない人からはまず理解されないということが分かっていて、だから誰にも知られないようにしている。演じるのは新垣結衣、磯村勇斗、劇団EXILEの佐藤寛太。他人に理解されないから、秘密を抱えて生きている。もちろん、生きづらい。この3人の演技が良い。特に映画前半の新垣結衣には驚かされた。ニコリともしない彼女の表情は自然でありながら固く、おかしな口の動かし方でものを食べる様子は心をざわつかせ、「これほんとに新垣結衣?」と思わせるレベルに達している。後半の、少数派のなかで連帯者を得て柔らかくなった表情はいつもの彼女だけれど。3人に近いもう一人が、男性に恐怖心があるのに、佐藤寛太演じる大学生に恋してしまう女性を演じている東野絢香。朝ドラ「おちょやん」で演じた生気にあふれた芝居茶屋の娘役とこことでは真逆の演技を見せている。稲垣吾郎vs4人。多くの人と同じ認識を持つと自負する側と秘かなフェティシズムを有する側、果たしておかしいのはどちらか。監督は、2017年の多くの映画賞に輝いた秀作『あゝ、荒野』の岸 善幸。
生きづらい人たちをきちんと描いた映画がもう一本。映画監督を目指して苦闘していたのに、念願のデビュー寸前に企画を奪われてしまった女性を松岡茉優が演じる、石井裕也監督の『愛にイナズマ』だ。松岡が、共通の知人を通じて出会う男性が窪田正孝。二人はイナズマに撃たれたかのごとく恋に落ちる、のだが、それだけで終わらないのが石井映画。奪われた企画、それは失踪した自身の母を題材にしたものだったが、それを取り戻し、さらに深めて完成させようとするヒロインが向きあったのは、10年以上会っていなかった家族だった。この家族の父を佐藤浩市、長男を池松壮亮、次男を若葉竜也が演じるという、演技巧者で曲者ぞろいな邦画ファン驚愕のキャスティング。こうなると恋愛映画のように見せかけた実は家族の映画であることはもはや歴然で、母の失踪の裏に隠された事情や、今の父の抱える秘密が、しごく真っ当な倫理観を持つ家族の絆を強くする。
コロナ禍で自分たちや周囲を見つめ直した結果、生きづらさを実感するようになったこの国の断面をエンターテインメント性豊かに描いた2本。
『正欲』 11月10日(金)公開
TOHOシネマズ梅田、T・ジョイ京都、OSシネマズミント神戸 ほか
監督:岸 善幸 出演:稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香 ほか
『愛にイナズマ』 10月27日(金)公開
シネ・リーブル梅田、MOVIX京都、シネ・リーブル神戸 ほか
監督:石井裕也 出演:松岡茉優、窪田正孝、池松壮亮、若葉竜也、仲野太賀、趣里、高良健吾 ほか
※この記事は2023年12月号からの転載です。記事に掲載されている情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認下さい。