栞の栞ヘッダー-100

神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、則松栞さんの日々のブックマーク

VOL.3
休日は気合いを入れてだらだらする

text and photo
則松 栞(のりまつ しおり)
神戸で[本の栞]という本屋をやっています。
『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』の[元町映画館]での上映
(4/22〜)に合わせて大前粟生フェアを開催中。

3.20 mon.

 久々の二日酔いでぼんやりと出勤。このあいだの雨で大丸前の白木蓮が散ってしまった。春の花なら白木蓮がいちばん好きだ。夜に街を歩いていて、満開の白木蓮の木の上に真っ白い月が出ているのを見かけると、街中にこんなに美しい光景があってもいいのかしらとちょっと信じられないような気持ちになる。
 店を閉めてから大阪まで行き、友人たちと『入船』 1 へ。梅田哲也さん 2 の音響インスタレーションイベント。小さな船に乗り、大阪の街を囲う川をぐるりとめぐる。朗読やインタビュー、さまざまな音が船の上に設置されたラッパ型のスピーカーから流れ、川や街の音と混ざりあっていく。街の区画によって建物の雰囲気や全体の色、空気感ががらりと変わること、そしてそれらすべてが境目なく結びついていることが、当たり前のことなのになんとも不思議な感覚だった。イ・ランさん 3 の朗読がとにかく素晴らしくて、どこか遠くへ1人で行って帰ってきたような気持ちになった。遠くまでよく届く声。近くで響く声。「私の住んでいる街には大きな川があります。あなたの街に川はありますか?」
 3人並んで妙にしょっぱいラーメン、それからワインを2杯飲んで帰る。すべて幻みたいな1日。

1 アーティスト・梅田哲也が開催するツアー・パフォーマンス。鑑賞者が船に乗り、音や語りなどを交えながら水路を体験する。 2 インスタレーションやパフォーマンス、舞台作品の制作を通じ国内外で活躍。音響アーティストとしても知られる。 3 ミュージシャン、エッセイ・小説と多岐にわたって活躍する韓国・ソウル出身のアーティスト。

3.21 tue.

 雨が降ってきた。今日はわりあいあたたかい。昨日のイ・ランさんの朗読がとてもよかったので、アルバムを聴きながら出勤する。いい声。友人に借りた松野 泉さん 4 のソロも聴く。いい声。雨で眠いのでヴァシュティ・バニアン 5 も。ヴァシュティ・バニアンはいつぞやに好きだった人の家で眠るときにかかっていて、その晩はずっと眠れなかったのでどうも悪夢的なイメージがある。でもいい声。
 出勤してマリヲさんの『世の人』 6 を読む。話し言葉に近い文体はあまりに率直すぎて、なかなか体に馴染んでくれない感じがする。でも書いてあることが面白くて、体力を削られながらもどんどん読み進めてしまう。彼の過ごしている淡路という街はまるで異界のようだ。障がいのある人に対する姿勢について書いた文章がすごくよくて、あとで飲みながらうろ覚えの言葉を人に話した。たしかめたらこんな文章だった。

 「何も話せない時、うまく話せる時、逃げてしまう時、一歩踏み込める時、その時々にくやしく、嬉しくなったりする気持ち。その気持ちを覚えておくというか、身体に入れたままにしておくというような、考えるという行為に近い用意をすることは、次の、お互いの潤滑とか向上の助けになると信じる。簡単に、冗談で、あの人は病気だから、と言う時もある。電車の中で大きい声をあげている人を心底怖いと思う時もある。山陽電鉄の張り紙はそれについての注意書きが貼ってあってすごく感動した。振り返るとダウン症の人の顔があってびっくりすることがある。人にされて嫌なことはしてはいけないと思うので、びっくりしていない風に装う。こんなことはむちゃくちゃで、筋の通らないことで、未熟な考えだけれど」「もう、気持ちいい、気持ちよくないとかで話をする、死ぬまでむちゃくちゃを持って歩いていくという覚悟を持つこと、困っている人、を助けるのは自分が人を助ける資格ができるまで待つのじゃなくて、今何かできることがまだまだあるとかを思う。」

 友達の弾き語りを観てから[ヘッケ] 7 に寄り、手を振って帰る。向かいのホームから送られてきた写真の自分があまりに姿勢わるく、電車の中で背筋をぴっと伸ばす。

4 映画や音楽制作、俳優としても活躍し、2018年からバンド・マタマタとしても活動。 5 イギリスのフォークシーンで異彩を放つシンガーソングライター。 6 大阪在住のラッパー・マリヲによるエッセイ集。2023年2月、百万年書房より発行。 7 神戸・六甲のカフェバー[Coffee Bar Hecke]。

3.22 wed.

 今日は久しぶりにたっぷり寝てやるぞという強い気持ちで布団に入ったが、結局仕事の日と同じぐらいの時間に目覚めた。そうですか、と思いながら布団の中でとりあえずU-NEXTをつける。昨日金子由里奈さんの話をしたから久しぶりに観たくなって『散歩する植物』 8 を観た。こんな不穏な空気の映画だったか。前に観たときはもっと穏やかな気分で観終えた気がするので、自分のモードがちょっと変わったのかもしれない。金子さんは大学のゼミの同期で、推し教授が共通していたので時々そんな話で夜を明かしていた。もうすぐ公開される『ぬいしゃべ』 9 も楽しみ。彼女の映画のなかでは『眠る虫』が一番好きだけど映画館でしか観る機会がない作品なので、これを機にまた観られたらいいな、と思う。
 冷蔵庫にあったミートソースと、いちご大福2個を食べてからまた布団に潜りこむ。なにか映画でも観に行きたいけど、眠いなあ、と思いながらこのあいだ[1003] 10 さんで買った『35歳からの反抗期入門』 11 を開く。最近考えていたことに近いことが書いてあり、ちょっとどきりとする。

 「他人に自分の理想をぶつけることは暴力だ。」
 「親には親のファンタジーを。恋人には恋人のファンタジーを。ありもしない幻想を生身の人間に投影しては勝手にいらだち、失望して、次の投影先を見つけようとしてきた。でもどうやらこれではうまくいかないらしい。」

 本を手に持ったままいつのまにか眠っていて、はっと気づけば夕方。休日はいつもこんなふうに終わっていく。

8 金子由里奈監督による「ぴあフィルムフェスティバルアワード2019」受賞作。 9 ある大学の“ぬいぐるみとしゃべる人が集まるサークル”を舞台にした大前粟生の同名小説『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』原作、金子監督の商業長編デビュー作。 10 神戸・元町の書店。新刊や古書、リトルプレスを扱う。 11 ライター碇 雪恵が2019年から綴ったブログをまとめたエッセイ集。

店舗情報
兵庫・元町
本の栞
  • 電話番号
    080-3855-6606
  • 住所
    神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
  • 営業時間
    12:00~19:00
  • 定休日
    水&不定
  • クレジットカード使用

※この記事は2023年6月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。

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