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「比叡山すごい、結婚決まったよ。」

今から15年以上も前のこと。友人の編集者から「京都に、おみくじ占いをする神社があるらしい。一緒に行かない?」と誘われた。へー、おみくじ占いなんてあるんだ? しかも神社で。行こう、行こう。二つ返事で答えたけれど、いろいろ大きく間違っていた。

歩くだけでご利益がありそうな参道。

 まず場所は、滋賀県側の比叡山で(京都からも行けるけど)、神社ではなく、元三大師堂という延暦寺の中のお堂だった。ロープウェイやバスを乗り継ぎ、比叡山最奥の横川という場所まではるばる出かけて行った。お堂に足を踏み入れ、窓口の尼さんに尋ねる。「あのぉ、おみくじ占いできるって聞いたんですけどぉ……」。するとさっそく、尼さんに手厳しく諭された。元三大師堂は、由緒ある“おみくじ発祥の地”であること。「選択の迷いを本尊である元三大師にお伺いし、おみくじを通してご判断を仰ぐ」もので、占いではないこと。転職するべきか否か。AとBどちらの土地を買うべきか。そういう切実な悩みが、あなたたちにはあるのですか? と。

ゆるやかな坂を登った先に、元三大師堂があります。

 恋愛運は~とか、仕事運は~とか、ふわっとした占いを想定していた私たちは、すっかり黙り込んでしまった。「だったら祈祷を」との尼さん言葉に、独身で彼氏なし30歳目前の私は、恋愛成就と心願成就、二つを選び、半年間の祈祷を申し込んだ。お坊さんが毎日祈祷してくれたお札が、半年後に自宅に届けられるという。「お札が届いたら、部屋の高い場所、東側に飾ること」と尼さん。私はコクリとうなずき、友人とお堂を後にした。

 半年後、お札が届いた。部屋の東側、窓枠の上に立てかけて置いた。その翌日、数年ぶりに再会した男友達が家へ遊びにきて、3カ月後、その人と電撃結婚した。その男性は、今も私の夫である。 そんな私の、“比叡山すごい。結婚決まったよ話”は、当時、周りの友人たちに広まり、何人もの恋愛成就希望者が元三大師堂に詣で、祈祷を依頼し、「本当に結婚が決まった!」という報告が相次いだ(嘘のような、でも実話です)。ある友人は、比叡山の帰りに立ち寄った京都の寺で、さっそくお坊さんにナンパされるという、驚くべき即効性を示したケースもある。

 月日は経ち、2021年、京都に移り住んだ私と夫は、元三大師堂へお礼参りをした。あのときここへ来なければ、結婚もせず、別の人生を歩んでいたかもしれないなあ……。などと感慨にふけりながら、ふと思い出す。そういえば、友人の一人に「祈祷してお札が届いたけど、結婚できない」と嘆いていた人がいた。聞けば彼女は、家族に怪しまれるからと、お札を机の引き出しにしまっていたのだった……。

 たぶん、元三大師堂のお札は、無色無臭のご利益をまるでドライアイスの煙のように、もくもくと湧き出すつくりになっている。そのスイッチは特殊で、正しい位置にお札を置かないと、オンにならない仕組みなのだ。きっと。

  • 比叡山から見下ろす琵琶湖。絶景。
  • お礼参りのとき、魔滅(豆)大師など護符をあれこれ購入。
  • 悪魔みたいな絵柄がなんだか憎めない、名物の角大師護符。玄関に貼って疫病&災厄退散!
著者

Nihei Aya

エッセイスト。夫の仕事の移転を機に東京からN.Y.へと移住し、N.Y.にまつわる著書を数々出版。9年の滞在を経て、2021年にあこがれの京都へ。近著に『ニューヨークおいしいものだけ』(筑摩書房)、『ニューヨ ークでしたい100のこと』(自由国民社)

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