仁平綾ヘッダー

ニューヨークから縁もゆかりもない京都に引っ越した
“よそさん”ライターが見つける、京都の発見あれこれ。

これ、フレンチトーストなの?

 [イノダコーヒ本店]でフレンチトーストを注文した友人が、提供された皿を前に、きょとんとしていた。
「これ、フレンチトーストなの?」
 黄色い卵をまとって焼かれた分厚いパンの上に、まるで雪のような上白糖。バターもシロップもなし。ふかっとナイフを差し込むと、中は真っ白な食パン色。卵液がしみしみのフレンチトーストとはだいぶ様子が違うのだ。
 実はこれ、フレンチトーストという名の〝揚げパン〟なのである。「溶いた卵をパンの表面に塗り(塗るだけで浸さないのがポイント)油で揚げている」とは、[イノダコーヒ]の広報担当者さん。不思議と油っぽさはなく、軽やかで、びっくりするぐらいぺろりと食べられてしまう。ひとたび口にすれば、たちまち虜になる魅惑の一品なのだ。
 京都でしか出合ったことがないから、たぶん京都ならでは(私調べ)。舞妓さんのためにー、など京都らしい理由があるのか。どういう経緯で生まれたのか。気になって仕方がない。聞けば、[イノダコーヒ]では、1958年の創業時からのメニューだけれど、誕生秘話や経緯を知る人は現在いないらしい。謎めいていて、ますます気になる。

[イノダコーヒ本店]のフレンチトースト650円。ブレンドコーヒー「アラビアの真珠」とも相性ぴったり。

 ということで、同じスタイルのフレンチトーストを提供する、[コーヒーハウス マキ]を訪ねてみた。厚い食パンを溶き卵の中で転がし(やはり浸さないのがコツ)、油で揚げたら上白糖をふる。パンを斜めに切ったり、彩りにドライパセリをあしらったり、ディテールは違うけれど、作り方は[イノダコーヒ]とほぼ同じ。思わずうっとりするような、しっとりキメの細かな口当たりが[マキ]ならではだ。オーナーの牧野久美さんいわく、創業者のお父様から受け継いだレシピで、45年前から提供していると言う。残念ながらお父様はすでに亡くなっていて、経緯はわからないのだとか。点と点はつながらず。謎は深まるばかり。

[コーヒーハウス マキ]のフレンチトースト600円は14時からの提供。

 さらにもう1軒、[前田珈琲 室町本店]にも足を運んだ。溶き卵をつけた食パンを揚げるという同じ調理法ながら、シナモンシュガーを振るのが[前田珈琲]流。シナモンがふわっと香り、コクのある味わいだ。「子どものころ、パンの耳を揚げてシナモンシュガーをまぶしたものがおやつでした。僕にとっては懐かしい味でもある」と話すのは、社長の前田 剛さん。創業者である父、現会長の前田隆弘さんは、かつて[イノダコーヒ]で修業し独立。当時、通っていた喫茶店で提供されていたシナモントーストの味を再現できないかと考えたのが、きっかけだとか。

[前田珈琲]では、一般的なフレンチトーストと区別して「昔ながらのフレンチトースト」1050円というメニュー名。提供は室町本店と御池店のみ。

 なるほど。ついに謎が解けたような、まだ解けていないような……。そんなミステリアスな部分もまた、おいしさの一端。それが、京都の揚げパン風フレンチトーストなのである。

※最新話(vol.9)は、SAVVY9月号(7/23発売)に掲載。ぜひチェックしてみてくださいね。

著者

Niehei Aya

エッセイスト。夫の仕事の移転を機に東京からN.Y.へと移住し、N.Y.にまつわる著書を数々出版。9年の滞在を経て、2021年にあこがれの京都へ。近著に『ニューヨークおいしいものだけ』(筑摩書房)、『ニューヨ ークでしたい100のこと』(自由国民社)

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※この記事は2022年8月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。
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