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神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、田邉栞さんの日々のブックマーク

text and photo/田邉 栞(たなべ しおり)

vol.30
「梅雨ですら、一瞬で終わると
なんだかさびしい」

6.10 tue.

 誕生日の朝は大雨。だるい身体と浮き足立つ気持ちが相反して同時にある。昨日から梅雨入りしたらしく、まるでゼリーの中にいるよう。飼い猫も、こういう日はなんとなくどろ~んとしているように見える。雨の営業はいつも、ヤスクウケとかそういう静かなピアノの曲を流す。雨音に合う。
 店は静かなもので、まあそうでしょうねと思いながらひたすらに作業をこなす。わりあい調子のよかったこの二ヵ月のなかで、ひさしぶりに売上のよくない日だった。誕生日なのに! 読みたかった本を二冊、自分用に買う。
 今年のお祝いは[第一樓]で。私とパートナーは誕生日がちょうど一週間ちがいなので、お祝いは合同ですることにしている。ひさしぶりの[第一樓]は宴会料理らしさもありつつ、全体的にやさしく上品で好きな味。品数も一皿の量もどんどこ出てくるのも気前がよいし、すべてが個室なのも、一階にロビーがあったりかしこまった制服のスタッフがたくさんいるのも特別な感じでたのしい。アミューズメント的で、お祝いにちょうどいい店。食べきれなかった春巻きやあんまんを包んでもらい、コンビニでアイスを買って帰宅。玄関を開けると、『ちびまる子ちゃん』全巻セットがリボンをかけられて置いてあった。

ヤスクウケ=詩情豊かなサウンドで注目を集めるポーランド出身のジャズピアニスト、スワヴェク・ヤスクウケ。[第一樓]=1974年創業、会食やお祝いの食事の場所としても愛される旧居留地の北京料理専門店。
『ちびまる子ちゃん』=さくらももこの代表的コミック。りぼんマスコットコミックス全18巻(集英社)。

6.17 tue.

 仕事でやらかしたことなどを朝からもやもやと考えていたら、パートナーにおめでとうを言うのを忘れていたことに気がついて、急いでラインを送った。今日はパートナーの誕生日。
 昨晩仕込んでおいた焼きびたしに、氷水でしめた蕎麦を入れていただく。夏はこの焼きびたし蕎麦ばかり(そうめんやうどんのときもある)。昨夜は健康を意識して野菜をグリルで素焼きしてみたのだが、今日はちゃんと油を使って焼いたら、やっぱりおいしさの質がまるで違った。あすけんに媚(こ)びてばかりいてはならぬ、と気を引き締める。食事はやっぱりおいしさが第一。健康な味がおいしい、みたいなモードのときもあるけれど。
 店はぼちぼちと。夕方ごろに青山ゆみこさんがご来店。前回買ってくださった『宇宙人の部屋』をとても気に入ったそうで、今回もまた小指さんの本を求めてくださった。著者本人とも機会があっ
てお話しされたという。私も小指さんの書くものや、そこから伝わってくる人柄がほんとうに好きなので、なんだかうれしい。小指さんやそのまわりの人々の、いい意味での軽やかさや、さっぱりとした感じが作品にも出ていて、それであんなにおもしろく読めてしまうのかもしれない。そういう話や、個人的なことについて書いている本を、自分の手の届く範囲のなかで届けることの大切さなどについて、お話しする。漫画作品もすばらしいので、気に入ってもらえるといい。
 それからは静かな時間が続いたので、昨日あらためて読み返していた植本一子さんのZINE、『それはただの偶然』のつづきを読む。通して読んでみると分かるが、やっぱりこのタイトルはすばらしいなと思う。それはただの偶然。真摯(しんし)に日記を書きつづけている人だからこそ、つけることのできる言葉なのだと思う。好きな漫画のひとつ、南 Q太『スクナヒコナ』の台詞を思い出す。

あすけん=カロリー計算や食事記録をできるアプリ。
青山ゆみこさん=編集者・ライター。元「Meets Regional」副編集長。著書に『元気じゃないけど、悪くない』『ほんのちょっと当事者』(共にミシマ社)、『人生最後のご馳走』(幻冬舎文庫)。
『宇宙人の部屋』=アルコール依存症の恋人たちとの日々をつづった、小指による手記(発行・都築響一、編集・ROADSIDERS)。
『それはただの偶然』=写真家・植本一子が手掛ける、「わたしの現在地」と名付けられたシリーズの第1弾となるエッセー。
『スクナヒコナ』=幸せを追い求める28歳の主人公・紺ちゃんの波乱万丈の恋を描く南 Q太のコミック。全4巻(祥伝社)。

悪いことはおきないよ 物事それ自体には良いも悪いもない それはただ起こってしまったこと
(『スクナヒコナ』南 Q太、祥伝社)

 人が恋をするとき、それは人生を変えたいと思うときだという文章を読んで、まさに自分のことでありミツのことだと思った。それが良いとか悪いとか言いたいわけではない。私たちはたまたま偶然、そうやってめぐり合って一緒にいたのだ。
(『それはただの偶然』植本一子)

※【連載】栞の栞の過去記事は、ハッシュタグ #栞の栞 をクリック。

店舗情報
神戸・元町
本の栞
  • 電話番号
    080-3855-6606
  • 住所
    神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
  • 営業時間
    12:00~19:00
  • 定休日
    水・木&不定
  • カード使用

※この記事は2025年6月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください

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