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神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、田邉栞さんの日々のブックマーク

text and photo/田邉 栞(たなべ しおり)

vol.28
「わかるとかわからないとかわかりあうとか」

4.10 thu.

 ゆっくりと起き、シャワーを浴びて、部屋着からまたべつの部屋着に着替える。冷蔵庫を開けると卵を切らしていたので買いに出たら、つい[ポルトパニーノ]でお昼を買って帰ってしまった。トマトとプロシュートとモッツァレラの定番と、ソイミートとナスのグリルの気まぐれサンドを半分ずつ食べた。パートナーの録画消化にしばらく付き合い、晩の予定のためにすこしだけ『世界の適切な保存』を読む。パートナーは引き続きリビングでテレビを観ていて、その音が聞こえてくる、私は寝室のベッドに猫ところがっている。ぱちんと爪を切る音。なんだかあまり集中できず、本はすぐに閉じた。結局ソファに戻り、二人でドラマを観ているうちに少し眠ってしまう。

[ポルトパニーノ]=神戸・西元町で10年続くパニーノ専門店。
『世界の適切な保存』=哲学者・永井玲衣による『群像』連載をまとめたエッセー。講談社刊。

 また起きて、支度をし[東遊園地]へ。今日はナイトピクニックの企画で永井玲衣さんがファシリテーターを務める哲学対話が行われる。『水中の哲学者たち』を読んでから、ずっと参加してみたかった哲学対話。1時間かけてテーマ出しをして、今日のテーマは「わかりあうってなんだろう」に決まった。20名ほどの参加者がいたが、「わかりあう、は寄り添うことを諦めないこと」「お互いが相手のことをわかろうとする姿勢のこと」「価値観の違いを認めあうこと」と、わりかし近いグループの言葉たちが続くなか、1人だけ「そもそもわかりあえないのはダメなことなのか?」ということを言う人がいた。はじめはあまり理解ができず、そりゃ、近しい人とわかりあえなかったらしんどいじゃないか、と思って聞いていたが、ほかの人の意見も含めて対話がすすんでいくうちに「わかるとわからないの二つでジャッジしない/わかるとかわからないではなく、ただそこにある事実を受け止める」「自分と他人を分ける、違うものだねって認識し合う」という話へと流れてゆき、なんだか腑に落ちた。

[東遊園地]=神戸市中央区加納町にある公園。イベントなども多数開催される。
ナイトピクニック=[東遊園地]で不定期開催される夜のイベント。フード&ドリンクのほか、音楽やトークなど内容は多彩。
永井玲衣=対話・ケアなどを専門に研究。互いに問いを深め合う哲学対話を各地で開く。
『水中の哲学者たち』=日常にある哲学や倫理をテーマに柔らかくも深く掘り下げる永井玲衣の第一作。晶文社刊。

 哲学対話は時間が来たらいきなりおわるし、答えをみつけるためのものではない。その日はそこで対話が終わり、たまたま納得のいくところに言葉があらわれたので、なんかそうなのかもしれない、と思っていたけれど、それから堀 静香さんの『わからなくても近くにいてよ』を読んでいて、やっぱり私のなかのわかりあいたい気持ちはなくならない、とたしかめる。でも、「わかりあえないといけない」とは思わなくなっていて、それはこの対話があったからで、つまりそれも「わかりあう」ということのひとつだったんじゃないか、とか思う。言葉のあわいを行ったり来たりして、私は前よりもすこし身軽になった気がする。

堀 静香=エッセー『せいいっぱいの悪口』でデビューし、歌人・国語教師としても活動する。『わからなくても近くにいてよ』が最新刊。

  わかりあいつづけることはできない、ということがコミュニケーションの本質なのだとしたら、やっぱりわたしは「わからなくても近くにいてよ」って、言いつづけたい。いまさらながら、逆ギレみたいなタイトルだ。わかってほしくて怒っている。わからなくて、怒っている。そういう自分らしさがあらわれているから笑ってしまう。でもこころから思う。暑苦しいって思われてもかまわない。わからないことなんかわかっていても、わかりたいとわたしは思う。その瞬間を求めている。(『わからなくても近くにいてよ』堀 静香、大和書房刊)

店舗情報
神戸・元町
本の栞
  • 電話番号
    080-3855-6606
  • 住所
    神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
  • 営業時間
    12:00~19:00
  • 定休日
    水・木&不定
  • カード使用

※【連載】栞の栞の過去記事は、ハッシュタグ #栞の栞 をクリック。
※この記事は2025年6月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。

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