ニューヨークから縁もゆかりもない京都に引っ越した
“よそさん”ライターが見つける、京都の発見あれこれ。
vol.34 キノコパラダイス!
京都御苑でキノコを観察する会がある。と、友人から聞いて色めき立った。キノコ通でも、野外活動派でもないけれど、キノコの造形には、神業的なかわいらしさがある。直に触れる機会なんて人生初かも! ということで、6月のある日曜の朝、御苑へ向かった。
京都御苑きのこ会(以下、きのこ会)の開催は毎月1回。申し込みも会費も不要。十数人のマニアな会と思いきや、老若男女50人超が集結し、びっくり。聞けば、菌類の研究者が1976年に始め、450回(!)を数える長寿観察会だという。親子代々の参加者、他県からの常連もいるとか。案内役であるキノコ博士の佐野修治さんを先頭に、さっそく苑内を巡るキノコツアーがスタートした。
「はい、こちらですー。紅茸の仲間ですね」。佐野さんの言葉を合図に、子どもたちが駆け寄り、スマホを手にした大人たちが木の根元に群がった。飴色の枯葉を押しのけ、にょきっと背を伸ばすのは、全長10センチほどの、カフェラテ色のキノコ。か、かわいい……! 思いがけず天然キノコにひょっこり出くわす。その発掘感にも胸熱。キノコ観察の沼に、さっそく引き込まれてしまった。
歩きながらの観察は続く。犬の糞みたいなキノコ、食べ応えありそうな木耳(キクラゲ・もちろん採集は不可)、緑の茂みにつるりとゆで卵風のキノコ。樹木と共に生きるキノコ、虫に寄生するキノコ、染料の材料になるキノコ。ぬめぬめしてたり、いぼいぼだったり。丸く閉じた幼キノコから、ぱあっと傘を開いた老キノコまで。こんなにも多種多様なキノコが生息しているとは! 佐野さんいわく、京都御苑では423種のキノコが確認されており、他に類を見ない数だとか。だから御苑はキノコパラダイスとも。へー!
「キノコは一輪の花。目に見えない地下に無数に広がる菌糸がキノコの体です。キノコの奥になにが見えるか、イマジネーションを働かせてくださいね」との解説を受け、私が立つ大地の下に、とたんに緻密な網状のミクロキノコワールドが出現。……したような気がした。
さて、このきのこ会。醍醐味はキノコだけにあらず。佐野さんの示唆に富んだ言葉の数々にもメモが止まらない。「持つべきは上から目線ではなく、キノコ目線」。ふむ、スマホより足元のリアルを洞察せよということか。ひとり唸(うな)る。「樹木とキノコは助け合い。キノコが木に水分をあげる。お返しに木は光合成の産物をキノコに与える。昭和の時代に近所の人と米や醤油を貸し借りしたでしょう? 助け合いの精神がキノコにはまだあるんです」「キノコは好き嫌いが激しい。松茸は松の木が好き。落ち葉茸は落ち葉が好き。好き嫌いがあるから、争いにならず共生できる。じゃあ自分はどう生きたらいいだろう。そういうヒントになりませんか?」
キノコを通して、人生を見つめ直すことができる。キノコが幸せのヒントをくれる。佐野さんはそう説くのだった。まさかの、ただキノコを観察するだけじゃない会。キノコに次いで私も発芽した、そんな愉快な2時間だった。
Nihei Aya
エッセイスト。9年のN.Y.滞在を経て、2021年に京都へ。著書に『ニューヨークおいしいものだけ』、『ニューヨークでしたい100のこと』、『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』など。4月に京都のエッセイ&ガイド本『京都はこわくない』(大和書房)を刊行。
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