ニューヨークから縁もゆかりもない京都に引っ越した
“よそさん”ライターが見つける、京都の発見あれこれ。
vol.32 おいしい端っこ
“京おんなは、おせんの割れや味噌松風のへた、おゆばの切れ端が好き”。
京都生まれの随筆家、大村しげの著書にそんな一説を見つけて、へぇ、となった。それは代々受けつぐ京都特有の“しまつの心”に由来し、ケチとは違って、物の生命を大事にする心。まだ使えるものや食べられるものを捨てるのは冥加(みょうが)が悪く(バチ当たりなこと)、神仏の加護を受けられない、というのだ。なんて清く正しい、無垢な生活者の心! 感銘を受けた私は以来、京都で“端っこ探し”に夢中になっている。
広く知られる端っこといえば、大村しげも記した松風。松風は小麦粉に白味噌などを混ぜ、自然発酵させた生地を焼き上げたもの。発祥といわれる[亀屋陸奥]の店頭には、パンケーキみたいな丸い松風のほか、切り落としを袋詰めにした徳用袋が販売されている。食感はむちむち、独特の香ばしさを放つ端っこ、口に含むたびに、にんまりしてしまう。
熱烈なファンをもつのは、[五色豆元祖 船はしや総本店]のくず豆。炒った豆に、ピンクや黄色の砂糖衣をほどこす過程で生まれたB級品。形は不揃いでも、カリカリ、ポリポリ、軽快な歯触りで口のなかが楽しい。「しまつの心は京都では普通のこと。なんでも使い捨ての時代がおかしかったんやと思いますよ」と話す女将さんの言葉も印象的だった。
心躍る端っこはまだまだある。たとえば、カステイラ専門店[越後家多齢堂]のおまけの端っこ。商品を1,900円以上購入すると付いてくるもので、「甘味や卵の風味がより凝縮され、最も味が濃い部分」との説明どおり、特濃! 得した気分になれるのだ。
それから老舗の洋食レストラン[キャピタル東洋亭]のSweets Box。ケーキの製造工程で生まれた端っこを詰め、生クリームで覆った甘いお弁当。スポンジ生地、いちごやバナナピューレ、チョコクリーム、ナッツなんかを、うきうき発掘しながらの甘い時間が叶う。はー、幸せ。
最近のうれしい発見は、喫茶店[前田珈琲]のミミスク。毎日大量に発生するパンの耳を再利用した、SDGsな端っこで、キャラメルがけされた甘くほろ苦いパンの耳は、“洋”なかりんとう。食べ出したら止まらない。
さて、京都のおいしい端っこ代表といえば、[千丸屋]の徳用湯葉。湯葉づくりの副産物で、大小、形もさまざまな乾燥湯葉は、うどん、煮物、炊き込みごはんに大活躍。もはや主役級の食材である。本店の依田直樹さんいわく「そもそも湯葉という食材は仏教と共に伝来し、禅寺にて出される精進の流れを色濃く持つもの」。修行僧は人が捨ててしまうものを進んで食べるといい、「自然の恵みを無駄にすることなくいただくという精神に繋がっている」とのこと。そう聞くと、食べものを尊び、端っこを提供してくれる京都の店々に感謝の念をあらためて。私の端っこ熱も増すばかりである。
- 電話番号075-371-1447
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Nihei Aya
エッセイスト。9年のN.Y.滞在を経て、2021年に京都へ。著書に『ニューヨークおいしいものだけ』、『ニューヨークでしたい100のこと』、『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』など。4月に京都のエッセイ&ガイド本『京都はこわくない』を刊行。
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