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神社で湧水が汲めるなんて。

 食通で京都通でもある脚本家、小山薫堂氏がとある番組で「京都の神社によく湧水を汲みに行き、飲んでいる」と話していて、そんなことができるのか! と、毛穴が開くほどの興奮を覚えた。人生を振り返っても、水を汲んで飲むなんてことをした記憶はない。子どものころの夏のキャンプですら、多分ない。水というものは、蛇口をひねれば自然と出てくるもの。ペットボトルに詰められ売られているもの。悲しき現代人。だから、湧水を汲みに行く、という行為にまず、心がときめいてしまったのである。
 しかも食通の氏がわざわざ汲みに行くぐらいだから、おいしい、はず。どんな味なんだろう。水道水と、どう違うんだろう。好奇心は尽きない。さらに、神社の湧水、である。とんでもなくご利益がありそう。というわけで、さっそく水汲みに向かった。

 まずは近所の[上賀茂神社]へ。手水舎のところに立て看板があり「神山湧水(こうやまゆうすい)」と説明書きがされていた。〝ご祭神が降臨された神山のくぐり水を汲み上げて使用している〟とのこと。なんだかもう、その場で手を合わせたくなる、ありがたさ。持参したボトルに汲み、嬉々として持ち帰る。無臭透明。口に含むと、まろやか。ウイスキーの水割りにしてみたら、ウイスキーの芳香と甘みがぐっと強調されて、とてつもないおいしさだった。念のため目隠しして、水道水の水割りと飲み比べるブラインドテストをしてみたけれど(暇なのか私)、その違いは明らかだった。


[上賀茂神社]の手水舎。水を汲みに行った1月は、ミカンが浮かべられていた。

 続いて向かったのは、[京都御苑]の東側にある[梨木神社]。平安時代に宮中の染所で用いられ〝染井〟と呼ばれる御神水は、京都三名水のうち現存する唯一の名水だという。社務所で販売されている空ボトルを記念に購入し、手水舎でありがたく水を汲ませていただく。小躍りしながら持ち帰り、再びウイスキーの水割りに。これまた丸みのある口当たりで、美味。ちなみに神社の方いわく、生水なので自己責任で飲用を、とのこと。気になる人は煮沸してから飲むといいそうだ。


[梨木神社]の水汲みは、1回5リットルを目安に100円を賽銭箱へ。ほかの神社でも、水を汲んだら心づけ(寄付)を忘れずに。

 もう一つは、古くから酒の神として崇められている[松尾大社]。境内の廊下をくぐった先に、神泉・亀の井と呼ばれるスポットがあり、どっかり鎮座する亀の像の口から、ドバドバと湧水が流れ出している。手前の社務所で空のボトルを購入し、水をちょうだいして、懲りずに自宅で水割りに。甘みがあり、心なしか、まったりした舌触り。ああ、おいしい。まさに甘露。[松尾大社]の湧水は、よみがえりの水とも呼ばれ、長寿のご利益があるという。これだけ毎夜ウイスキーを飲んでおいて、長寿もなにもないよね、うふふ。と自嘲しながらも、水の清らかなおいしさに、5年ぐらいは確実に寿命が伸びた気分になる私なのだった。


古くから日本酒の蔵元が、仕込み水の一部に使用してきたという[松尾大社]の湧水。
著者

Nihei Aya

エッセイスト。夫の仕事の移転を機に東京からN.Y.へと移住し、N.Y.にまつわる著書を数々出版。9年の滞在を経て、2021年にあこがれの京都へ。近著に『ニューヨークおいしいものだけ』(筑摩書房)、『ニューヨ ークでしたい100のこと』(自由国民社)

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※この記事は2022年5月号からの転載です。

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