栞の栞ヘッダー-100

神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、則松栞さんの日々のブックマーク

VOL.1
人の日記を読むと
自分も日記を書きたくなる

text and photo
則松 栞(のりまつ しおり)
神戸で[本の栞]という本屋をやっています。
コーヒーやビールも飲めて、ライブも時々。
本も好きですが、音楽とお酒はもっと好きです。

12.28 wed.

東京・下北沢のライブスペースに柳瀬くん 1 の弾き語りを見に行く。そこは通りに面したガラス張りの場所で、たびたび前を通る車のライトがさしこんでゆく。彼が歌っているとき、救急車の光が一瞬ぱっと場を満たし、妙にどきりとした。内でめぐる暴力性のようなものが生み出す、張りつめた空気に赤い光。「赤いライトを追いかけてはいけないよ/今君の願いがわかっても、それを叶えてやれないよ」。艶っぽい歌声に線の細い少年の儚さがにじむ。うっとり、というか、なんだか茫然とした気持ちにすらなる。

彼をみていると、『煙か土か食い物』 2 という小説のことを思い出す。読点がほとんどないスピード感のある文体と、脳が揺れるほどの血と暴力。でもそのすべては愛について語るための装置でしかない。舞城王太郎という作家はずっとそういう物語を書いている。そういえば『煙か~』のキーパーソンも二郎という名前だった。彼と同じだ、どこまでもソリッドで狂気的だけれど、内側にあたたかな血が通っている。

「生きてても虚しいわ。どんな偉いもんになってもどんなたくさんお金儲けても、人間死んだら煙か土か食い物や。火に焼かれて煙になるか、地に埋められて土んなるか、下手したらケモノに食べられてしまうんやで」

ずっと見てみたかった工藤祐次郎さん 3 も見ることができてよかった。あとはレコード屋をいくつか、日記の本屋など。日記の本屋 4 ではリトルプレスの『犬まみれは春の季語』 5 を買った。都会の電車は混んでいてきらいだ。なんだかんだと言いながらも、神戸ぐらいの小さな街が自分にはあっているのだろう。

1 betcover!! としても活動するシンガーソングライター柳瀬二郎。  2 舞城王太郎のデビュー作。第19回メフィスト賞受賞。講談社(講談社文庫)、748円。 3 アコギの弾き語りをベースにシンセなども取り入れて音楽作りを行うシンガーソングライター。 4 新刊・古書、リトルプレスやZINEまで扱う下北沢の日記専門店[日記屋 月日]。 5 [日記屋 月日]のワークショップで作成された日記本。500円

1.14 sat.

島で暮らしている友人が、不意に店に来てくれた。[兵庫県立美術館]で李禹煥(リ・ウファン)展 6 を見てきた帰りらしい。短い時間だがいろいろな話をする。「春にすこし改装するからいよいよ何屋なのかわからない店になるかも」、と言うと、いつもの適当な口調で、「居心地さえ良ければなんでもええやん」、と言ってくれた。会えて良かったな。こういうとき、ふらりと会いに来てもらえる場所があるってなんて素敵なことだろうかと思う。

6 韓国に生まれ、日本を拠点に国内外で幅広く活動する「もの派」を代表する美術家。

1.19 thu.

店を始めてからというもの、ゆっくり本を開くことが年々減っていっている。そのなかで、長時間電車に乗るとき、それから布団の中でだけはまだ本を読むことができる。今日は眠る前に、ブックデザイナーの山元伸子さんの日記ZINE『ある日』 7 の第2号を読んだ。山元さんが読んださまざまな本からの引用と彼女自身の生活が交わり、日々は進んでゆく。人の日記を読んでいると自分も日記を書きたくなって、どうしても途中でノートを開いてしまう。

「こんな状態では本など読めない、と思ったときこそ、本を開くべきだ。開くだけで、言葉は目にはいってくるし、はいってきたら、それは、自らが身のうちに隠し持つ本のなかに書きこまれた、ということではないか。」
7 ヒロイヨミ社を主宰する山元伸子が自身の日記や読書録などをまとめた冊子。550円

店舗情報
神戸・元町
本の栞
  • 電話番号
    080-3855-6606
  • 住所
    神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
  • 営業時間
    12:00~19:00
  • 定休日
    水&木
  • アクセス
    各線元町駅から徒歩5分

※この記事は2023年4月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。

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