ニューヨークから縁もゆかりもない京都に引っ越した
“よそさん”ライターが見つける、京都の発見あれこれ。
vol.24 地獄にいちばん近い井戸。
「京都の寺に、あの世とつながってる井戸があるんですよ」
少し前のこと、知人からそう聞いて耳を疑った。あ、あの世と!?
いわく、小野篁(おののたかむら)という平安時代の官僚が、夜になると井戸をつたって冥土へ向かい(!)、閻魔大王の手伝いをしていた(!!)とか。京都には謎に包まれた伝説がさまざまあるけれど、トップオブ摩訶不思議である。
その寺とは六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)。かつての風葬地、鳥辺野(とりべの)の入り口に位置することから、あの世とこの世の境目、六道の辻(地獄、天上など死んだ人間が生まれ変わる6つの世界への分かれ道)と呼ばれている。創建は奈良~平安時代と古く、境内にはいまも当時の井戸が残る。最近は小説やマンガにも登場し安倍晴明をしのぐ人気らしい小野篁と井戸の謎に迫るべく、寺へ向かった。
「篁は、才覚と体格を備えた官僚。背丈は今でいうたら2メートル近く、漢詩、和歌、武芸のほか法律家としてもずばぬけた才能を有する人やった」。そう教えてくれたのは、六道珍皇寺のご住職、坂井田良宏さん。篁はもちろん実在の人物で、遣唐副使に任命されたエリート。上司からの理不尽な要求に屈せず、「遣唐使制度も批判した※不羈奔放(ふきほんぽう)な人物。隠岐への流罪後もなんと一年半で京へ返り咲いた。地獄のような場所から無事生還した。こうした尋常でない経歴も伝説の後ろ盾になっているんやと思いますね」
ちなみに、閻魔大王の右腕としての篁の仕事ぶりは、『今昔物語集』をはじめとする説話や、江戸時代の地獄絵図などに数々フィーチャーされている。かつて斬首刑になりかけた篁を助けた藤原良相(ふじわらのよしみ)を、閻魔大王に取り計らい蘇生させた、とか。「だれか高僧いない?」との閻魔大王の依頼を受け、高僧の満慶上人(まんけいしょうにん)を連れ地獄へ出向き、仏法の戒律を授けたとか。ときには人を伴い、毎夜冥界へ通っていたらしい篁。いったいいつ寝てたんだ……? 思わずつぶやいた私に「ナポレオンと一緒かな」と住職。なるほど。ショートスリーパーの偉人!
「伝説の背景にあるのは、悪いことをしたら地獄へ落ちるということ。因果応報。善悪に応じた報いがある。だから行いを正しくしなさい。そういう教えやね」。その言葉に、ふと子どものころを思い出す。本で地獄絵を見て、人が釜茹でにされる様がとにかく恐ろしかったこと。「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる」とたびたび怒られたこと。「嘘ついたら針千本飲~ます」の言い回しも、地獄の針山を連想させるし、昔は地獄がもっと身近だったなあ……などと考えながら、住職の案内で、特別に井戸を見せていただく。上から中を覗き込んだとたん、ふわん、と吹き上げる風が頬に当たった。じ、地獄の風!?
ああ、やっぱり地獄はおそろしい。閻魔帳には現世の行いが記され、全部ばればれ。地獄の沙汰も金次第? いやいや、小野篁が許すはずがない。人間、悪いことはできないのである。思いがけず地獄に触れ、襟を正すことになった、小野篁と井戸の伝説なのだった。
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Nihei Aya
エッセイスト。9年のN.Y.滞在を経て、2021年にあこがれの京都へ。近著に『ニューヨークおいしいものだけ』(筑摩書房)、『ニューヨークでしたい100のこと』(自由国民社)。エッセイ本『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』(大和書房)など。
- Instagram@nipeko55
※この記事は2024年1月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。