ニューヨークから縁もゆかりもない京都に引っ越した
“よそさん”ライターが見つける、京都の発見あれこれ。
VOL.18 京都では、おばんざいと言わないらしい。
スーパーのお惣菜売り場は心躍る。思いがけず初見の食べものに出会えるし(NYだったらユダヤ系スーパーの燻製ムール貝とか、オーガニックスーパーのズッキーニヌードルとか)、街の人の食生活をうかがい知ることもできるから。
京都のあちこちのスーパーを訪ねたけれど、下鴨の[フレンドフーズ]で[井上佃煮店]のお惣菜を発見したときの興奮といったらなかった。万願唐辛子昆布、いかみょうが酢、ホキ子、れんこんの芽……、見たことも、味わったこともないお惣菜のオンパレード。鼻息荒く買って帰り、今度はそのおいしさにしびれた。素材ごとにきめ細かく調理されていて、どこかほっとする、丸い優しい味わい。「こ、これが京都のおばんざいなのか!」と震えた。
調味料やパスタをはじめ、他店にはないおいしい品揃えで頼りになるスーパー。
[井上佃煮店]は明治17年創業。錦市場の店を2019年末に閉じた後、[フレンドフーズ]の社長から懇望され復活した。四代目店主の梅村 猛(うめむらたけし)さんと、娘の美都(みさと)さんが中心となり、[フレンドフーズ]2階の厨房で、日々惣菜を手作りしている。
梅村さんに対面した私が開口一番、「京都ではお惣菜をおばんざいって呼ぶんですよね!」そう自信満々に尋ねたら、「いや、京都でもお惣菜やね」とばっさり。同席した[フレンドフーズ]の惣菜部部長・濱本さんや、美都さんによると、おばんざいは確かに京都のお惣菜を指す言葉だけれど、外の人にアピールする際のもので、地元の人はわざわざ使わないそうだ。なんと!
気を取り直して。では、京都のお惣菜とはいかに? 梅村さんいわく「家庭で日常的に食べる手軽なおかず」で、代表的なものは「おから」だそう。なんでも「京都の食事は質素で地味」。ひじき、大根の炊いたん、にしんや棒鱈を使ったおかずなどが食べ継がれてきたという。京都の食、イコール、華やかな懐石料理を思い浮かべがちな関東人は、またもや「へー!」と感心することしきり。昔から京都の家庭には、毎月8日にひじき、月末はおから(一説によると給料日前だから)といった〝おきまり〟があった、とか。たくあんを塩抜きして炊き直した京都ならではのお惣菜が「ぜいたく煮」と呼ばれている、とか(わざわざ手間をかけるからぜいたくらしい)。京都のお惣菜豆知識にメモが止まらない。
そして味の要は「やっぱりお出汁」と梅村さん。鰹節の出汁を主に用い、旬の食材の風味を引き立てる。野菜のお惣菜には薄口醤油を使い、色良く仕上げるのも京都流だ。看板商品の万願唐辛子昆布(炒めた万願寺とうがらしと塩昆布を和えたもの)や、いかみょうが酢(細切りのきゅうりとみょうが、いかの酢の物)など、[井上佃煮店]のお惣菜の多くは梅村さんの発案で、お客さんの要望や、仕事で各地を回り得たヒントから生まれた。だから必ずしも「京都だけの味じゃない」と言う。時代、声、さまざま取り入れ、発展してきたのだ、と。
でも、この街で長く愛されてきたという意味で、[井上佃煮店]のお惣菜はやっぱり〝京都の味〟じゃないかと私は思っている。よそさんにとって、ローカルな食文化を知るための味。さっそく「ぜいたく煮」を買い求め、味わってみるとしよう。
むぎゅっとした歯ごたえが楽しい「れんこんの芽」(れんこんの先端部分を酢漬けにしたもの)、琵琶湖産の川えびと大豆を炊いた京都の伝統的なお惣菜「えび豆」、写真にはないけれど「ホキ子」(鱈に似た白身魚の卵を炊いたもの)などが我が家の定番。
売り場にずらりと並ぶお惣菜。美都さんが美しく陳列。
厨房の梅村さん、さすがの手さばき。
- 電話番号075-722-0451
- 住所京都市左京区下鴨北園町10-6
- 営業時間10:00〜21:00
- 定休日なし
- アクセス地下鉄北山駅から徒歩8分
Nihei Aya
エッセイスト。9年のN.Y.滞在を経て、2021年にあこがれの京都へ。著書に『ニューヨークおいしいものだけ』(筑摩書房)、『ニューヨークでしたい100のこと』(自由国民社)、エッセイ本『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』(大和書房)など。
- Instagram@nipeko55
※最新話(vol.19)は、SAVVY7月号(5/23発売)に掲載予定。過去記事は、ハッシュタグ #仁平綾の京都暮らし をクリック。ぜひチェックしてみてくださいね。
※この記事は2023年7月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。