映画評論家・春岡勇二がさまざまな角度で作品を掘り下げます。今回は、7/12(金)公開 『メイ・ディセンバー ゆれる真実』を深掘り! 映画館に行く前に予習しましょ。
深掘りすればより面白くなる!
7/12(金)公開 『メイ・ディセンバー ゆれる真実』
真実は、近づくほど見えなくなっていく……
文/春岡勇二
メイ・ディセンバー”、直訳すれば“5月・12月”、なんのことかと思っていたら、これは歳の離れたカップルのことを俗に言う慣用句だという。確かに、本作品の重要な登場人物である二人は、歳の差23歳のカップルだ。けれど、この二人が世間の注目を集めたのはそれ以外に要因があり、そのことに比べれば歳の差はむしろ付随した事項とされるだろう。二人が結ばれたとき、女性は36歳、男性は、なんと13歳の少年だったのだ。しかも、女性には家庭があり、つまり二人の関係は不倫で、ことが露見すると女性は児童との性交渉の罪で逮捕され実刑判決を受けて入獄。彼女は獄中で少年の子を出産する。やがて、刑を終えて出所した後、二人は結婚したのだった。映画のこの設定は「メイ・ディセンバー事件」と呼ばれる、アメリカで1996年に実際にあった事件が基になっていて、同じ事件を題材とした作品もすでに、イギリスで『あるスキャンダルの覚え書き』(2006年)として製作されている。それが今回、奇才トッド・ヘインズ監督によって、まったく違う角度から切り込み、事件そのものではなく、当事者や周囲の者たちの事件後の心理や、他者の視点から事件をどう見つめるべきなのかという点に焦点をあてた作品として新たに作られたのが『メイ・ディセンバー ゆれる真実』だ。
ヘインズ監督が映画化を決意したのは、気鋭の脚本家、サミー・バーチが初めて長編劇映画用に書いた本作のシナリオに心奪われたためだ。事件から23年が経ち、今では経済的にも恵まれて穏やかな生活を送る夫婦を元に、事件の映画化が決まり、主演する女優が、出演前の調査に訪れるところから物語は始まる。女優は当事者である夫婦二人はもちろんのこと、近所の住人たちや妻の前夫、前夫との子供、事件の弁護士など多くの者たちに会って話を聞き、当時の状況や人々の気持ちに迫っていこうとする。ポイントとなるのは話の内容ばかりではない。話すときの表情や様子も心の奥底に迫る大切な要素だ。だが、そこに見えてくるのは、なにかが歪(ゆが)んだ状況で、人々の気持ちにも掴(つか)みきれないものがあり、やがて追う女優自身にも変化が訪れる……。二人の関係は純愛だったのか、それとも犯罪だったのか、そして彼らのその後の人生はどう考えるべきなのか。バーチのシナリオは、女優が調べれば調べるほど真相が見えなくなっていく様子をスリリングに描きだし、今年のアカデミー賞で見事脚本賞に輝いた。
シナリオに魅了されたのは監督ばかりではなかった。オスカー女優のナタリー・ポートマンもその一人で、彼女は主役の女優役で出演するだけでなく制作にも参加して作品を支えた。そして、相手役となる当事者の女性を演じるのが、こちらもオスカー女優のジュリアン・ムーア。二人の演技はまさに競い合いで、二人が並んで鏡に映るシーンでは、芝居に火花が散っている。そして、今は36歳となった夫を演じているのは韓国系アメリカ人俳優のチャールズ・メルトン。3人ともアカデミー賞ノミネートは逃したが、ゴールデングローブ賞ではそれぞれ主演女優賞・助演女優賞・助演男優賞で候補となった。
奇才が名優たちを競わせて描き出す衝撃的な事件とその後の人生、それをどう見るか、判断の多くは観客の感性に委ねられている。
監督は奇才 トッド・ヘインズ
1961年生まれ、アメリカ・カリフォルニア州出身。『ポイズン』(1991年)で長編デビュー。1950年代のニューヨークを舞台に女性同士の恋愛を描いた『キャロル』(2015年)はアカデミー賞で6部門、ゴールデングローブ賞で作品賞など5部門ノミネートされた。
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これぞ奇才の本領発揮!
『アイム・ノット・ゼア』(2007年)
ヒース・レジャーから、リチャード・ギア、さらに女優のケイト・ブランシェットまで加わった6人の名優たちが、違う角度から伝説的アーティスト、ボブ・ディランを演じる、6人一役の伝記映画。
監督:トッド・ヘインズ/出演:クリスチャン・ベール、ベン・ウィショー ほか
制作にも参加 ナタリー・ポートマン
1981年生まれ、イスラエル・エルサレム出身。リュック・ベッソン監督の『レオン』(1994年)でデビュー。追いつめられていくバレリーナを熱演した『ブラック・スワン』(2010年)でアカデミー賞主演女優賞を受賞。6カ国語に精通し学生時代に短い期間ながら日本にも留学していた
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夫も自分も“過去の人”にさせない!
『ジャッキー/ファーストレディ最後の使命』(2016年)
ナタリー・ポートマンが、第35代アメリカ大統領ジョン・F・ケネディの夫人、ジャクリーヌを演じ、大統領暗殺後、葬儀その他を取り仕切りってケネディの評価を決定づける様子を描く。
監督:パブロ・ラライン/出演:ピーター・サースガード、グレタ・ガーウィグ ほか
当事者の女性を演じる ジュリアン・ムーア
1960年生まれ、アメリカ・ノースカロライナ州出身。『フロム・ザ・ダーク・サイド/3つの闇の物語』(1990年)で映画デビュー。『ブギーナイツ』(1997年)でアカデミー賞に初ノミネート。アルツハイマーの主人公を演じた『アリスのままで』(2014年)で同賞主演女優賞を受賞した。
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1950年代メロドラマを流麗に再現!
『エデンより彼方に』(2002年)
何不自由ない暮らしを送っていたブルジョア夫人が、実は夫がゲイだったことに苦悩する。夫が出て行った後、黒人の庭師に惹かれ、周囲から白眼視されるが……。ヘインズ監督との初タッグ作品。
監督:トッド・ヘインズ/出演:デニス・ヘイスバート、デニス・クエード ほか
MOVIE INFO.
『メイ・ディセンバー ゆれる真実』
2024年7月12日(金)公開 R15+
監督:トッド・ヘインズ/出演:ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーア、チャールズ・メルトン ほか/上映館:TOHOシネマズ二条、大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズ西宮OS ほか
メイ・ディセンバー事件を描いた作品は他にも……
こちらも2大女優が競い合う!
『あるスキャンダルの覚え書き』(2006年)
41歳の陶芸教師と15歳の教え子の禁断の愛が、同僚のベテラン教師の目を通して語られていく。内容もさることながらジュディ・デンチとケイト・ブランシェットの二大演技派女優の共演が話題になった。
監督:リチャード・エアー/出演:ジュディ・デンチ、ケイト・ブランシェット、ビル・ナイ ほか
※この記事は2024年8月号からの転載です。記事に掲載の情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認ください。