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京阪神から車で約1時間、電車とバスでもアクセス可能な兵庫県・丹波篠山。篠山城下に広がる、武家屋敷や古い商家が建ち並ぶ歴史情緒たっぷりな町に、ここ数年は、感度の高い人たちによる工芸品や手仕事雑貨の店にカフェ、書店…新たな店も加わって、ますます巡るのが楽しい魅力的な町になっています。

そんな町中に、昔ながらの建物を見事に改修した一棟貸しの宿が、2025年春に次々とオープン。

今回ご紹介する2つの新しい宿も、家の造りや歴史からしつらい、価格帯まで実にさまざま。外から眺めるだけだった、町に佇む風情たっぷりな建物に泊まれるなんてぜいたくな体験!そこで、開業前に宿の中を見せてもらおうと、篠山まで足を延ばしてきました。

地域との共生がコンセプト
町民運営による古民家宿
☑[阡陌(せんぱく)]

[阡陌(せんぱく)]は、「阡(せん)」と「陌(はく)」の2棟から成る宿。「阡」には東西の道、「陌」には南北の道の意味があって、それぞれの建物の立地も表しています。運営を町民が行うこの宿のコンセプトは、“地域との共生”です。どんな宿なのか、まずは「阡」から…。

築100年超の厚みに、
ビンテージ家具がなじむ「阡」

ショップやレストランなども軒を連ねる、東西に走る城下町のメインストリート、二階町通り。その通り沿いに、築100年以上の建物を改修した「阡(せん)」があります。ここは、昭和初期に城下町で栄えた呉服商「竹忠」跡地で、中庭があって、なまこ壁の蔵を備えた立派なお屋敷。かつて初めて電話線が通ったときには、市役所が1番、ここ「竹忠」が2番だったというから、「竹忠」がいかに栄えた商家だったか想像できます。

中は、松本民芸家具のビンテージチェアや李朝箪笥(バンダジ)といった味のある調度品を配した、シックな空間。建物の歴史を感じつつも居心地のいいお宿となっています。

  • 入ってすぐの土間スペース。落ち着いた雰囲気。
  • 屋号は白い壁に控えめに照らされている。
  • 寝室のある2階は、出雲民藝紙工房による和紙を壁に貼り、柔らかい印象。
  • 2階の部屋。天井が低くなり、屋根裏部屋のよう。

中庭は、作りすぎない自然な庭造りがコンセプトの奈良の「土屋作庭所」に依頼したもの。元々あった石を再利用したという踏石に誘われるように進んで行くと、その先に蔵があります。じつはこの中、まるごと風呂場に改修されているんです! 蔵で入浴する気分は想像しにくいけれど、蔵の上部の土壁と梁を生かし、湯気が窓と屋根板から空に抜けることで、露天風呂のような気持ち良さが味わえるのだそう。

蔵の中央には稀少な十和田石を貼ったぜいたくな湯船がどんと鎮座。

1階はダイニングスペースで、オープニングレセプションだったこの日は、丹波で活動する料理家「イチと二」による特別メニューを提供。丹波地方の豊かな食を体感できました。今後、この空間にはさまざまなシェフを呼び、食にまつわるイベントを定期的に実施していく予定で、いずれはレストランとしての運営も視野にいれているそうです。

  • 料理家「イチと二」の特別メニュー。地元の「のりたま農園」の野菜、丹波「薪火野」のパン、フキやタケノコなどの山菜などが皿の中に。
  • 庭に面した部屋の中央には岡山の家具職人・松本行史の大きなテーブルセットが。

民芸でさりげなく飾る
親しみやすい昭和建築「陌」

一方、「阡」から徒歩3分ほどの「陌」は、木造2階建ての建物「川端邸」だった場所。昭和初期まで若者ふたりが自転車屋を営んでいたそうです。かつて店舗のあった1階には、ヴィンテージラグをはじめ、インド、モロッコ、トルコなど世界の手仕事を扱うショップ[Vaha]がオープンしています。旅先ならではの、一期一会のとっておきが見つかるかもしれません。

  • 店主が好きだというアフガニスタンやイラン、トルコを中心とした手織りのヴィンテージラグは全て一点もの。
  • この日はまだオープン準備中で、展示は数点のみ。

建物は、現代でもまだ馴染みのあるレトロな昭和建築ですが、民藝を取り入れてセンスの良い空間に。アフリカのオブジェやナガ族の椅子を置くなど、国内外のチャーミングな手仕事が部屋にマッチしています。

  • 壁には柚木沙弥郎の絵が飾られる。
  • [山内染色工房]による型染めの紺色の布を表具に。
  • 2階に続く階段の手すりに、椅子作家の大橋力さんによる、端をギザギザにした遊びが。

宿には、おくどさんはオブジェとして当時のまま残しつつ、土間を利用したキッチンがあるので、近所で丹波の新鮮な食材や、おいしい米と水から出来た日本酒を手に入れて、暮らすように泊まるのも楽しそうです。どこか懐かしくてリラックスできそうな宿は、気の置けない友達同士で泊まるのにぴったり。

  • 1階奥にはショップ[Vaha]で扱うようなアンティークラグを敷いた、庭を望むリラクゼーションルームが。
  • 寝室がある2階。和室の欄間やモダンな柄のふすま、建具などもレトロさが新鮮に感じる。

この[阡陌]の設えや内装は、丹波篠山で生活道具店や宿の運営を主に活動するKibbutzが関わっています。運営するのは、元々「陌」のお隣に住んでいた方で、かつての住人とも知り合いとのこと。また、「陌」のあった通りは、銀座商店街と呼ばれるほど賑わった頃があったそうです。通りの玄関口にあたるこちらの宿を拠点に、「ここから西町がもっと活性化すれば」と期待を込めて語ってくれました。食にまつわるイベントスペースや手仕事ショップを備えた[阡陌]は、町に暮らす人々と旅行者、両方に開かれた交流の場にもなりそうです。

店舗情報
兵庫・丹波篠山
阡陌せんぱく
  • 電話番号
    090-8825-7485
  • [阡]住所
    兵庫県丹波篠山市魚屋町40
  • [陌]住所
    兵庫県丹波篠山市西町32-5
  • IN/OUT
    14:00/10:00
  • カード使用
  • アクセス
    丹南篠山口ICから車で約10分

宿泊料:「阡」1泊素泊まり1棟10万円〜(4名まで利用時、1名追加ごとに+5000円、定員6名)。
「陌」1棟素泊まり5万円〜(4名まで利用時、1名追加ごとに+5000円、定員6名)。

ちょっと寄り道 1

手紡ぎ・手織り、天然染めの
布を販売するショップ
☑[蚕糸(さんし)]へ

[阡陌]の向かいにある[蚕糸]は、小川陽子さんと閑林美圭さんのふたりが昨年5月に始めた、丹波布をはじめとする手紡ぎ・手織りの布を販売するショップ。綿から丁寧に紡いだ糸を、樹木の実や皮、草といった身の回りの天然の材料で染め、機織り機で織り上げていきます。過程の約6、7割を占めるという、綿から糸にする作業工程を、店にある糸車で小川さんが実際に見せてくれました。布は、平織りの格子柄と天然染めならではの優しい風合いが特徴で、店では敷布として上に小物を飾ったり、棚に敷いたり…。布の自由な楽しみ方を提案してくれるので、生活に取り入れてみたくなります。

敷布(手前:小川さん作)50cm 6,050円、(奥:閑林さん作)90cm 10,890円

  • 広くて雰囲気のある店内。商品がさりげなく並ぶ。
  • 店内には、布を使った巾着袋やコースターなども。
  • 綿から糸にする作業を実演してもらった。
  • ちなみに、建物の奥は一棟貸しの宿[八十一]に。
店舗情報
蚕糸さんし
  • 電話番号
    なし
  • 住所
    兵庫県丹波篠山市魚屋町43
  • 営業時間
    13:00〜17:00
  • 定休日
    月〜木
  • カード使用
    可 or 不可
  • アクセス
    丹南篠山口ICから車で約10分

古くて良いものを後世に。
大正ロマン漂う文化財に泊まる
☑[豆家(まめや)]

篠山といえば、黒豆や丹波栗を連想する方も多いのでは。次に訪れたのは、名産の丹波黒大豆などを扱う江戸中期創業の[小田垣商店]がオープンした一棟貸しの宿泊棟[豆家(まめや)]。国登録有形文化財の旧住宅を、杉本博司と榊田倫之が率いる「新素材研究所」の設計・監修により、新たに宿として蘇らせたものです。
熱海の[MOA美術館]や建築中の[帝国ホテル京都]なども手がける彼らのコンセプトは「古いものが、新しい」。時を経た素材や建築当時の工法を取り入れ、新たな魅力を生み出すスタイルと、国登録有形文化財の建物を後世に残したいという「小田垣商店」の思いが合致し、8年越しの壮大なコラボが実を結びました。

  • 歴史のある街並みに自然に溶け込む宿の入り口。
  • 扁額をよく見ると、豆家の文字の左上に、小さい字で「なんや」の突っ込みも。

宿の目印は、現代美術作家・杉本博司揮毫の扁額があるのみ。玄関を入り、まずはラウンジとして使われている部屋へ。ドアを開けると、足下には寄せ木細工の美しい模様の床が広がっています。こちらは大正初期築の当時のままの床で、1920年代に流行った和洋折衷の「大正ロマン」を感じさせる素敵なデザイン。元々の細工を現在に生かすように、丁寧に改修されていることがわかります。

  • 照明や家具に至るまで、現代に蘇っている。
  • 5種の木材を使った、寄せ木細工の床。
  • 見上げると、廻り縁(壁と天井の間)の飾りや天井の角にさりげなく模様が。
  • 色合いが魅力的な、バラのステンドグラス。

雪見障子の廊下を進んで和室へ。床の間には、杉本博司の作品「Brush Impression 0905」が。現代アート最前線の杉本作品が自然に飾られているのも、見所のひとつです。さらに進むと浴室があって、高野槇を使った真新しい浴槽からは深い森を思わせる清々しい香りが。天然の木の香りに包まれ、坪庭を眺めて入浴できるとはなんというぜいたく…。

  • 上半分に障子、下半分にガラスがはめ込まれた雪見障子。
  • 印画紙の上に定着液で「月」と揮毫した、杉本博司の作品「Brush Impression 0905」。
  • エッセンシャルオイルを垂らしたかのような、木の香りに包まれる入浴タイムを。

階段を上がって、寝室のある2階へ。天井がかなり高く、梁があらわしになっていて、開放的な気分でぐっすり眠れそうです。ふすまの杉本デザインの「豆」「丹」の模様も渋くてかわいい。ちなみに、寝室の温かみある白い壁は立杭の土を使った「灰中漆喰」で、篠山特有の仕上げ。土地の伝統をさりげなく取り入れるところにも、新素材研究所の仕事が生きています。

  • ダブルベッド2台が置かれ、広々とした寝室。
  • ベッドに横たわれば、天井の迫力満点の梁が見渡せる。
  • ふすまは京都の[かみ添]の唐紙。この柄で浴衣を作る計画も進行中とか。
  • グレーがシックな階段の壁は、「鼠漆喰」と言われる仕上げ。

この建物は、庭を囲むようにして茶室と、能や狂言などの舞台としても使用できる座敷を備えています。茶室からの庭の眺めも最高で、申し込めば地元の旬の野菜を使った小鉢や鯖の黒豆味噌漬などの朝食がいただけます。ちなみに、庭の手前に見える丸い石組みは縄文時代の「環状列石」を模したもので、中央はなんとリアル縄文の石。その他にも、鴨川の上流の石など、杉本氏の見立てによる銘石が随所に使われているそうです。
座敷の松の屏風のデザインも杉本氏が手がけたもので、全館通じて現代美術家・杉本博司ファンにとってもたまらないスポットとなっています。(座敷は座禅体験など体験オプションを申し込んだ場合のみ入室可)

  • 豆家に隣接した茶室。
  • 豆家に隣接した茶室。
  • 茶室から眺める石庭。「環状列石」を模した石組みが。
  • 杉本氏がデザインを手がけた、座敷の松の屏風。

宿のコンシェルジュによると、夜に灯りがともった石庭や、2階から見渡せる屋根の連なる景色も、おすすめとのこと。大正時代の建築美を現代に蘇らせ、新たな価値を見出すという、新素材研究所の美意識を感じることのできる宿。いつか機会があれば、と思わずにはいられません。

店も閉まって人通りもまばらな夜、100年超の古い家々が建ち並ぶ通りをゆっくり歩くと、その静けさに改めて町の魅力が感じられます。早朝の散歩もお薦めで、澄んだ空気に立ちこめる霧は秋冬の風物詩にも。篠山城下町をまるごとじっくり味わうなら、やはり泊まるのが正解なのです。

店舗情報
豆家まめや
  • 電話番号
    079-556-8048
  • 住所
    兵庫県丹波篠山市立町15
  • カード使用
  • アクセス
    丹南篠山口ICから車で約10分

料金:1棟素泊まり基本料金160,000円(サ込、2名まで利用時、1名追加ごとに+10,000円、定員5名)

ちょっと寄り道 2

栗に黒豆…丹波の名産を
自慢の庭を眺めながら。
☑[小田垣豆堂]へ

宿泊棟と庭を挟んで向かいにあるカフェ[小田垣豆堂]は5年前のオープン。こちらも「新素材研究所」による設計で、石庭を臨みつつ、黒豆や地元素材を使ったオリジナルのデザートや食事を楽しむことができます。丹波栗を使ったモンブランは、オープン当初からの人気メニュー。濃厚な栗の風味が味わえるには、ODAGAKI黒豆茶ホット(黒豆菓子三種付き)を合わせて。併設のショップでは、黒豆茶や黒豆菓子などの他、豆を使ったさまざまな商品が並んでいるので、名産品の土産探しにぴったりです。

  • ODAGAKIモンブラン1,500円、ODAGAKI黒豆茶ホット(黒豆菓子三種付き)700円
  • 石庭を臨む特等席を目指したい。
  • 庭の向こうに見えるのが、宿泊棟「豆家」。
店舗情報
小田垣豆堂
  • 電話番号
    079-552-0011
  • 住所
    兵庫県丹波篠山市立町19
  • 営業時間
    11:00〜16:00LO(ショップ9:30〜17:30)
  • 定休日
    木(祝の場合は営業、翌日休)、ショップは無休
  • カード使用
  • 席数
    34
  • アクセス
    丹南篠山口ICから車で約10分

写真/香西ジュン

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