ニューヨークから縁もゆかりもない京都に引っ越した
“よそさん”ライターが見つける、京都の発見あれこれ。
どこでも鱧。
夏の京都で、二度見してしまった光景がある。それは、丁寧に骨切りされた鱧(はも)が、パック詰めされ陳列されている、スーパーの魚売り場。鱧が京都でよく食べられていることは知っていたし、実際に料理店で、鱧天(鱧の天ぷら)や鱧の焼き霜づくり(皮目をあぶったお刺身)にたびたび遭遇もしていた。でも、まさかのスーパーで鱧。まぐろの刺身やぶりの切り身と肩を並べて売られているとは。日常的に鱧が食べられている事実に、関東人はびっくりである。
いまでこそ、東京のデパ地下で鱧に出くわすけれど、私が子どもの頃は、お目にかかったことがたぶんない。大阪に暮らしていた中学生のとき、どこぞやの店で口にしたのが、私の鱧初体験だった。関西とは無縁のまま生きてきた私の夫なんて、初めて食べたのは48歳と、鱧に目覚めたのはつい最近のことだ。
それにしても、なぜ京都では、鱧が好んで食べられているのだろう?
「海が遠いからね、京都は。淡路島のほうで獲れた鱧を、京都へ運んだんが始まりやろうね」
そう教えてくれたのは、先日訪れた、懐石料理店[祇園たに本]の大将だ。
「鱧みたいに日持ちする魚って、ほかにはないんですよ」
と言いながら大将は、お腹を開かれた鱧の、白く透明度のある身を指でぱちんとはじく。すると、ぶりりんっ。まるで指を弾き返すように、身が震えた。
「こんなふうに反応する魚はまれ」だそうで、活きの良さを誇る鱧は、夏の京料理で重宝される食材になったらしい。その特異な性質を見出し、さらに骨だらけの身をおいしく食べられるよう、骨切り(包丁の重みを利用して細かな切り目を入れ、小骨を断ち切る)の技術を編み出した京の料理人たちよ、ありがとう。
「梅だれをたーっぷりつけて。清涼感を喉で味わうのが、〝鱧の落とし〟やね」
大将が、食べかたを指南してくれた鱧の落としは、骨切りした鱧を湯でさっと茹で、氷水で締めたもの。ぷるり、ふわり、とした鱧の身の淡白な旨みが、口のなかで広がったあと、梅の酸味が喉を涼やかに駆け抜ける。鱧を味わうなら、やっぱりこれだよねー! そう心のなかで高らかに宣言したものの、後日別の店で鱧のフライと対面して、気持ちがさっそく揺らいだ。さくっ、じゅわっ。香ばしい衣のなかに、ジューシーな鱧の身のほろりとした食感。これまた、たまらない。
「鱧はね、秋になると脂が乗って、もっとおいしくなるんよ」
とは、前述の祇園の大将。初夏の旬を終えても、鱧の季節は秋にもやってくる。まだしばらく、鱧に耽る日々が続きそうだ。
Nihei Aya
エッセイスト。9年のN.Y.滞在を経て、2021年にあこがれの京都へ。近著に『ニューヨークおいしいものだけ』(筑摩書房)、『ニューヨークでしたい100のこと』(自由国民社)。7月にエッセイ本『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』(大和書房)を刊行。
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※最新話(vol.12)は、SAVVY12月号(10/22発売予定)に掲載。過去記事は、ハッシュタグ #仁平綾の京都暮らし をクリック。チェックしてみてくださいね。