2024年3月17日、大阪・上本町にて37年続いた名店[なかたに亭]は閉店した。そのニュースはテレビ番組にも取り上げられ、最終日には300人以上が長蛇の列をなすほどだった。あれから1年……[なかたに亭]オーナーパティシエ中谷哲哉さんを訪ねた。新章がスタートした中谷さんに、これまでの軌跡とこれからの展望を、出身者や、現在も関わる[YARD]のスタッフと共に語ってもらった。SAVVY.jpでは全4回でお届け。
写真/わたなべよしこ 濱田志野(Komorebi)
編集・文/長瀬 緑
vol.2 関西で活躍する卒業生のお店を訪ねて…
多くの有名パティシエを輩出したことでも知られる[なかたに亭]。今回は3人のパティシエの元を訪れ、修業時代や中谷さんとの逸話を語り合ってもらいました。
▶[Pâtisserie Rechercher]村田義武さんを訪ねて…
「賄いの時間に、食に対するこだわりや、
かけがえのないものを教えてもらいました」
[なかたに亭]でキャリアをスタートした村田義武さんは、途中東京での修業を経て、再び戻りスーシェフとして活躍し、計10年にわたって[なかたに亭]を支えた重要人物。「シェフ(中谷さん)は“食”に厳しかったですね。シェフは当時、賄いでもテーブルクロスを敷いてナイフとフォークをセットしていました」(村田さん)。ポトフや煮込み料理を中谷さん自ら振る舞うこともあった。「自分はもちろん他の人が担当の時も、手抜きや妥協は一切許しませんでした。普段の仕事も新人の時から個性を尊重し自由はありましたが、1年目から責任ある仕事を任すので、負担は大きかったと思います。ただ、そういった自分で考えて仕事をする環境が独立してから役に立っているのかもしれません」(中谷さん)。そんな中谷さんからは、お菓子作りの姿勢に多大な影響を受けていると話す村田さん。「シェフの作るお菓子はシンプル、分かりやすくて力強さがある。はっきりしたうまさ、美しさって言うんですかね、でもそれが一番難しい。僕も今、本当に必要な素材だけを取り入れて素直に表現することが、自分のお菓子作りの軸になると思っています」(村田さん)
受け継ぐ味と、中谷さんの好きなお菓子
「彼の作る伝統焼き菓子は緻密。カヌレは銅型に蜜ろうを塗って作らないとこんなにカリカリにならない。見た目が同じようなものは簡単にできるけど、彼のこだわりがおいしさにつながっている」と中谷さんが大絶賛するカヌレ340円。型は銅、ラムはフランス産ダークラム、バニラはタヒチ産、代用品ではなく蜜ろうを使う、賞味期限は1日というボルドー・カヌレ協会の5カ条を守る。修業時代によく作ったタルトフレーズは受け継ぐ味の一つ。「シェフが作ったものを初めて食べた時にイチゴのジューシーさとタルトのバランスがなんておいしいんだろ〜と。半割だとジューシーさが半減するので、丸ごと立てて敷き詰めていくんです」(村田さん)。村田さんが作るタルトフレーズ972円(時季によって変動あり)は、そこからさらにブラッシュアップし、フランボワーズとイチゴのピューレで作るジャムを上からかけて、よりジューシーに仕上げている。「素材をどうおいしく生かすか、彼らしいこだわりと繊細さを感じます」(中谷さん)
[Pâtisserie Rechercher(パティスリー ルシェルシェ)]
見た目も華やかなケーキから、伝統的な焼き菓子、ボンボンショコラなど[なかたに亭]の流れを汲む正統派フランス菓子が楽しめる、大阪を代表するパティスリー。
- 電話番号06-6535-0870
- 住所大阪市西区南堀江3-9-28
- 営業時間11:00〜19:00(イートイン11:30〜17:30LO※〜3月頃まで休止予定)
- 定休日月・火
- カード使用可
- 席数6
- アクセス大阪メトロ西長堀駅から徒歩7分
▶[すず菓子店]髙田千紗さんを訪ねて…
「まるで料理人のよう。素材ありきで
お菓子作りをする楽しさを知りました」
学生時代に食べたカライブ([なかたに亭]を代表するケーキ)のおいしさに感動し、フランスで学んだ直後に入社。その4年後[YARD]の立ち上げにシェフパティシエとして加わり、退職後[すず菓子店]として活動をスタートした髙田千紗さん。「シェフは素材を大事にされます。だから、素材の組み合わせは、思い込みだけで作りません。[YARD]で作っていたビーントゥーバーも、一つ一つ味わってからフルーツとの組み合わせを選ばれていました。料理みたいにお菓子作りをされていましたね」。髙田さんは入社1年目に当時ランチをしていた[なかたに亭]で料理を任され、市場の買い出しからメニュー構成までを手掛けた。「パティスリーって業者さんに配達していただくことが多いので市場にあまり行かないんですけど、市場で旬や季節を感じる、それってすごく大事。素材から作る感覚を知れる」(中谷さん)。「お菓子作りをする時は、決まったレシピで作るんじゃなくて、果物を食べてから砂糖の量や材料を考えています」。髙田さんは料理を担当した経験が今に生きていると話す。「お菓子作り以外に料理も接客も経験した彼女は、なんでも臨機応変に対応できる。これからできるお店が楽しみですね」(中谷さん)
受け継ぐ味と、中谷さんの好きなお菓子
「髙田さんのお菓子は米粉、きび砂糖などの素材選びが特徴。優しい味わいです」と中谷さんが話す通り、甘さが控えめで素材の味が引き立つとろーりチーズケーキ。「ベイクとフレッシュの2層にすることで酸味と甘みのバランスをとりました。生地には米粉を、砂糖はきび糖を使い、とろっとした食感が特徴です。撮影の1週間前に食べた無農薬レモンがおいしくて、これをかけたい! と思って、急きょジャムを作りました」。ジャムは、きび糖2:レモン1で甘さ控えめ、酸味や香りがしっかり効いている。価格未定
[すず菓子店]
2021年より[すず菓子店]の屋号で、姫路市、たつの市を中心に店舗やイベントで活動。現在は、2025年6月に宝塚にオープン予定のカフェ併設のパティスリーの開店準備中。米粉を使ったケーキも得意とする。
- 電話番号なし
- 住所宝塚市末成町
▶[小麦のレ]上田澪依さんを訪ねて…
「個性を尊重してくれるシェフに、
いつも背中を押されていました」
“スパイスを合わせたお酒に合うアテ菓子”という新たなジャンルで注目を集める、[小麦のレ]の上田澪依さん。「なかたに亭に入れなかったら、パティシエを諦めるつもりでした」と話すほど、中谷さんのケーキにほれ込み、志願してバイトから働き始めた上田さん。「勤めていた3年間はしんどい事もありましたが、シェフがいたから頑張れたと思います。個性を尊重してくれるシェフにいつも背中を押してもらっていました」。そんな上田さんに、中谷さんは光る個性を感じていたそう。「スタッフの誕生日は、スタッフ同士でバースデーケーキを作っていました。ある時、ウエンディ(上田さん)が作ったのがびっくりするくらいおいしかった。まぐれかと思ったら、また次もおいしかった。誰よりもおいしかったのは、単に技術じゃない。技術力だけならほかにいますけど。純粋に食べることが好きやから、おいしいものを作れる感覚や能力がある。自分の中の好きなもの、選ぶべき素材が分かってるんですね」(中谷さん)。「シェフが作るシンプルな味を私のおいしさの基準にしていて、辞めてからもいつもお店に行って́食べて確かめていました。良い素材を使う、また生かす、私もそこは妥協せずにいたいと思っています」(上田さん)
受け継ぐ味と、中谷さんの好きなお菓子
「彼女らしい独自路線のお菓子」(中谷さん)。上田さんは、[なかたに亭]で食べたティムット(山椒のようなコショウを使ったケーキ)に衝撃を受け、スパイス×お菓子に目覚めた。ゴルゴンゾーラと生胡椒のバスクチーズケーキ500円は、ゴルゴンゾーラと塩漬けのカンボジアペッパーが入った甘じょっぱい味わい。キャラメルがけのシュー生地に、コーヒーで香り付けした生クリームとネパール産山椒を利かせたカスタードを合わせた、ティンブールコーヒーキャラメルシュークリーム500円。「濃厚でアテのように楽しめます」(中谷さん)
[堕楽暮/堕天使かっきー&小麦のレ]
大阪スパイスカレーの名手[堕天使かっきー]とタッグを組み、カレーや軽食、お菓子を提供するスパイスカフェ&ダイニング。[小麦のレ]のお菓子はお酒とのマリアージュも提案してくれる。
- 電話番号なし
- 住所大阪市阿倍野区松虫通1-1-4
- 営業時間12:00〜17:00、18:00〜24:00
- 定休日不定
- カード使用不可
- 席数10
- アクセス阪堺電気軌道松虫駅から徒歩すぐ
「中谷哲哉さんと辿る[なかたに亭]の足跡 vol.3 フランスから届いた、シェフへの手紙。」は、2/13(木)15:00更新予定です!お楽しみに。
※この記事は2025年3月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。