ニューヨークから縁もゆかりもない京都に引っ越した
“よそさん”ライターが見つける、京都の発見あれこれ。
vol.19 屋根の上の小さなヒト、だれ?
錦市場からほど近い六角通をぶらぶら歩いていたときのこと。あれ? なにかが屋根の上にいる? 目を凝らしてみると、鳩ぐらいのサイズで灰色をした人形が、瓦の上でむんずっと仁王立ちをしていた。右手にハリセンみたいなのを握りしめ、こちらをクワッ! と睨みつけている。なんだろう……、閻魔様?でもそのわりには怖くないし、むしろ、お腹がぽっこり突き出ていて愛嬌すらある……。さっそく「京都 屋根の上 人形」で検索したら、それは鍾馗(しょうき)さんと呼ばれる像で、魔除けのために設置されているものだという。へー!
なんと鍾馗さん、中国・唐の時代に実在した人物らしく(諸説あり)、病に倒れた玄宗皇帝の夢の中で、鬼を退治した英雄なのだとか。皇帝がその姿を絵師に描かせ、邪気を払う存在として広めたらしい。京都でも魔除けのほか、疫病や火災除けとして、町屋の一階の屋根の上に乗せるようになったそうだ。そんな鍾馗さんの存在を知ってからというもの、街を歩く時は、きょろきょろと屋根の上ばかりを注目するようになってしまった。鍾馗さんブーム到来。瓦屋根の町屋が密集していそうな祇園や西陣界隈をわざわざうろついては、せっせと鍾馗さんハントにいそしんでいる。
だいぶぽっちゃりな鍾馗さん、小屋の中で過保護にされている鍾馗さん、逆に風雨にさらされて顔がのっぺりしちゃった鍾馗さん、斜め上を見上げ黄昏れている鍾馗さん、やあっ!と手を高く挙げて威嚇している鍾馗さん、激おこなのか顔が真っ赤な鍾馗さん……。ちょっと頼りないのから、ずいぶん強そうなのまで、戦闘力もいろいろ。って、まるでポケモンGOじゃない、これ? どうしよう、楽しすぎる。
あるとき清水五条あたりを歩いていたら、店先で珍しい鍾馗さんに遭遇した。左手に白い急須のようなものを持っている。じろじろ、にやにや、凝視していたら、「鍾馗さん? うちは陶器屋だから器を持たせてるんですよ」と、親切にお店の人が教えてくれた。いわく、普通は右手に刀(ハリセンじゃなかった……)、左手にロープを持っていて、邪気を跳ね返すために、寺の周辺の家に置かれていることが多い、とか。沖縄の石敢當(いしがんとう。魔除けのための石碑)と同じように、T字路の突き当たりの家にもよく置かれているとも。なるほどぉ。ちなみにどこで買えるんでしょう? と尋ねたら、「瓦屋さんやね、瓦だから」とのこと。そうか、そもそも人形ではなく、瓦だったのか!
すっかり鍾馗さん推しの私。町屋ではなくマンション住まいだけれど、玄関先に鍾馗さんをお迎えしたい欲がむくむく。これからは〝買える〟鍾馗さんも探そうと、密かにもくろんでいる。味のある骨董で、変顔の憎めない鍾馗さんがいいなあ……。
Nihei Aya
エッセイスト。9年のN.Y.滞在を経て、2021年にあこがれの京都へ。近著に『ニューヨークおいしいものだけ』(筑摩書房)、『ニューヨークでしたい100のこと』(自由国民社)。エッセイ本『ニューヨーク、雨でも傘をさすのは私の自由』(大和書房)など。
- Instagram@nipeko55
※この記事は2023年7月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。