Kate NV/ロシア
文/吉本秀純
日本語も飛び交う無国籍シンセ・ポップ
ロシアは世界初の電子楽器であるテルミンや、旧ソ連時代にも国産シンセサイザーを開発したりしつつ独自のエレクトロニック・ミュージックが発展してきた国ですが、今回紹介するモスクワを拠点に活動するKate NVが奏でる音楽も、実にユニークなものです。もともとはロック・バンドのボーカルなどで活動していたケイト・シロノソヴァがKate NVとしてソロで発信し始めた音は、1980年代の細野晴臣からの影響も奔放に反映した無国籍なシンセ・ポップでした。その才能はブルックリンの先鋭レーベルであるRVNG Intl.の目に留まり、マリンバを多用してミニマル音楽色を強めた2018年発表の2作目『для FOR』以降はワールドワイドな存在に。そんな彼女が約2年9カ月ぶりに放つ通算4枚目のアルバム『WOW』は、またもや予測不能な境地へと飛翔を遂げた作品となっています。
前作『Room For The Moon』では、1980年代的なバンド・サウンドに英語、ロシア語、日本語、フランス語が入り混じる歌詞でかなりポップス的なアプローチを強めていた彼女ですが、『WOW』では再び通常のポップ・ソングの形式にとらわれない方向性に。とはいえ、前作で示した親しみやすいメロディの魅力は、過去に彼女の楽曲をリミックスした音楽家・食品まつり a.k.a. foodmanが日本語詞を手掛けた冒頭の「oni(they)」から健在で、童謡のような歌とシンセ・サウンド、多彩な音楽制作用のサウンド・カタログや生演奏の断片を巧妙につなぎ合わせて作られた音は、ますます摩訶不思議なものとなっています。彼女が敬愛する竹村延和が1997年に発表した名作『こどもと魔法』などに通じる音は、改めて彼女の日本の音楽への造詣の深さを示すとともに、先鋭的でありながらもどこかノスタルジックでもある独特の世界へと聴く者を誘ってくれるでしょう。
天衣無縫という言葉があまりにも似つかわしいKate NVの音楽は、とりわけ日本のリスナーにこそスペシャルに響くはずです。
『WOW』
Kate NV
*PLANCHA / RVNG Intl.
3月3日(金) 2,420円
※この記事は2023年4月号からの転載です。記事に掲載されている情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認下さい。