CINEMA_HE-100

深掘りすればより面白い!シネマ予習帳

Vol.26『センチメンタル・バリュー』
北欧の名匠が描く、ある家族の肖像

映画評論家・春岡勇二がさまざまな角度で作品を掘り下げる連載。
今回は、公開中『センチメンタル・バリュー』深掘りします。
映画館に行く前に予習しよう!

文/春岡勇二

 父と娘は難しい。なかにはウチは仲良いよという父娘もいるだろうけれど、おそらくそれは少数派で、多くの父娘はなんらかのしこりや軋轢(あつれき)を抱えているように思う。それも娘が思春期の頃なら仕方ないとしても、娘が大人になっても関係が修復されていなければ、これはやはりややこしい。
 
 2006年にデビューして以来、これまでに撮った5本の作品全てが国際的な映画祭で入賞を果たしてきたノルウェーの才人監督、ヨアキム・トリアーの最新作『センチメンタル・バリュー』は、まさにそんな父娘の物語。ちなみに監督第6作目となる本作も、カンヌ国際映画祭でグランプリ(第2位)を受賞、本年度の米アカデミー賞では、作品・監督・脚本をはじめ8部門9個(助演女優賞が二人)で候補となっている。
 
 物語は、ノルウェー・オスロで舞台を中心に俳優として活躍しているノーラと、かつては子役として活動したけれど、今は家庭に入って、家族と穏やかに暮らす妹・アグネスの姉妹の元に、二人が幼い頃に家を出て、長い間音信不通だった映画監督の父・グスタヴが突然現れる。それは自身の15年ぶりとなる新作映画にノーラの出演を請うためだった。だが、父に対する怒りと失望を抱えるノーラはこれをきっぱりと拒絶する。仕方なく代役にハリウッドの人気女優が抜てきされて製作が始まるが、撮影場所が、所有権は父にあるものの、姉妹と亡くなった母が長らく共に暮らした実家であることを知ると、ノーラの中にまた抑えきれない感情が渦巻いていく。
 
 自身の復活も期して新作を撮りたい父と、協力を固辞する娘。そこに「許し」と「和解」の可能性はあるのか。家族の愛憎というパーソナルでありながら同時に普遍的でもある問題を、トリアー監督一流の穏やかだけれど深い人間洞察に裏打ちされたドラマに託して描き出していく。また、芸術家親子の交わす複雑な心のあやには、著名な映画監督を祖父に持つ、監督自身の子ども時代の思いが込められているという。
 
 物語の構造自体はシンプルで分かりやすい。だからこそ問われるのが出演者たちの演技力だが、主演には監督の前作『わたしは最悪。』(2021年)で、見事カンヌ国際映画祭主演女優賞に輝いたレナーテ・レインスヴェを再起用。もともとの企画の起こりが彼女との再タッグだったというからこれは当然として、相手役となる父親を誰にするかが問題だったと思う。選ばれたのは日本でも知られたスウェーデンの名優、ステラン・スカルスガルド。映画ファンならば、この組合せがかなり強力なことは理解できるだろう。本作がすごいのは、そこにさらに注目すべき演技者が二人加わっていることだ。一人はアグネスを演じるインガ・イブスドッテル・リッレオース。レインスヴェ同様ノルウェー出身の俳優で、これまでNetflixの作品に出演しており、トリアー作品には初出演。物語の父に対する姉妹の結び付きにはシスターフッドに近いものがあり、また幼い頃と成長してからでは姉妹の役割が交代したりと、姉妹というこれも家族において一種独特な関係性が本作の奥行きを深くする、その重要な役柄を見事に構築している。そして、もう一人がハリウッドの人気女優を演じるエル・ファニング。彼女も単なる添えものとは一線を画す、しっかりとした存在感を持つ“映画の華”となっていてこれも見事。今回二人が共にアカデミー賞の候補になったのも納得だ。
 
 父娘に姉妹、そして家という空間が湛(たた)える記憶。人間を考えるのに「家族」というものがいかに面白く重要な題材であるかを改めて教えてくれる秀作だ。

監督 ヨアキム・トリアー

1974年生まれ、デンマーク出身。ノルウェーで活躍する。『奇跡の海』(1996年)などのラース・フォン・トリアー監督とは縁戚関係。2006年に長編デビュー。第2作『オスロ、8月31日』(2011年)がアカデミー外国語映画賞候補になって以来、世界の映画祭で受賞を重ねる。

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欧米のトップスターが共演
『母の残像』(2015年)
トリアー監督の第3作。戦争写真家だった母が謎の死を遂げて3年。回顧展の準備のために長男が父と弟が暮らす家に戻ってくる。改めて母への思いを語り合うが……。トリアー監督の日本初公開作。
監督/ヨアキム・トリアー
脚本/ヨアキム・トリアー、エスキル・フォクト
出演/イザベル・ユペール、ガブリエル・バーン、ジェシー・アイゼンバーグ ほか

俳優 レナーテ・レインスヴェ

1987年生まれ、ノルウェー出身。ヨアキム・トリアー監督の『オスロ、8月31日』(2011年)で映画デビュー。2014年より演劇でも活躍。同監督作『わたしは最悪。』(2021年)に主演し、第74回カンヌ国際映画祭で女優賞を獲得したほか、世界17の映画祭で女優賞候補となった。

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一味違うロマンチック・コメディー
『わたしは最悪。』(2021年)
トリアー監督のオスロ3部作最終作。いくつかの才能に恵まれながら30歳を迎える今、生き方が見出せないユリア。年上の恋人との暮らしに疑問を持ちだした頃、同世代の魅力的な男と出会い……。
監督/ヨアキム・トリアー
脚本/ヨアキム・トリアー、エスキル・フォクト
出演/レナーテ・レインスヴェ、ハーバート・ノードラム、アンデルシュ・ダニエルセン・リー ほか

俳優 ステラン・スカルスガルド

1951年生まれ、スウェーデン出身。1968年に俳優デビュー。1972年、スペイン・マドリードの王立劇場の団員となり数々の舞台に出演。ラース・フォン・トリアー監督の多くの作品に出演しているほか、『マンマ・ミーア!』(2008年)、『マイティ・ソー』(2011年)などのハリウッド作品でも活躍。

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天才を見出す大学教授
『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997年)
名門大学の学生たちが解けなかった難問を完璧に解いた清掃員の青年。だが、青年はトラウマを抱え傷害など問題行動を繰り返していた……。マット・デイモンが鮮烈なデビューを飾った人間ドラマ。
監督/ガス・ヴァン・サント
出演/マット・デイモン、ロビン・ウィリアムズ、ステラン・スカルスガルド、ミニー・ドライヴァー ほか

俳優 エル・ファニング

1998年生まれ、アメリカ・ジョージア州出身。姉はダコタ・ファニング。ドイツ系とアイルランド系の血を引く。2歳で子役デビュー。7歳のとき『バベル』(2006年)に出演。J・J・エイブラムス監督作『SUPER8/スーパーエイト』(2011年)でブレイク。ドラマにも多数出演し、本数は姉よりも多い。

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活発なオーロラ姫を好演
『マレフィセント』(2014年)
童話『眠れる森の美女』をベースにしたダーク・ファンタジー。人間にだまされた妖精のマレフィセントがだました男の娘・オーロラ姫に呪いをかけるが、彼女はいつしか姫を娘として愛してしまい……。
監督/ロバート・ストロンバーグ
出演/アンジェリーナ・ジョリー、
エル・ファニング、シャールト・コプリー、サム・ライリー ほか

MOVIE INFO.





『センチメンタル・バリュー』公開中


監督・脚本/ヨアキム・トリアー
出演/インガ・イブスドッテル・リッレオース、レナーテ・レインスヴェ、
エル・ファニング、ステラン・スカルスガルド ほか
上映館/MOVIX京都、大阪ステーションシティシネマ、シネ・リーブル神戸 ほか


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文/春岡勇二
映画評論家、大阪芸術大学客員教授。3月8日開催の、今年50年目となる「おおさかシネマフェスティバル」。現在絶賛準備中。

※この記事は2026年4月号からの転載です。記事に掲載の情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認ください。
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