深掘りすればより面白い!シネマ予習帳
Vol.23『ナイトフラワー』
愛する者のために犯す罪は罪ですか
映画評論家・春岡勇二がさまざまな角度で作品を掘り下げる連載。
今回は、11月28日(金)公開『ナイトフラワー』深掘りします。
映画館に行く前に予習しよう!
文/春岡勇二

多くの人が思うだろう。こんな北川景子見たことがない、と。髪の一部を青く染め、話す言葉はネイティブな関西弁、しかも全編ほぼすっぴんなのだから。さらに衝撃的なのは演じるその役柄だ。幼い子ども二人を抱えて借金に苦しみ、昼間は地球儀を作る小さな会社でパートとして働き、夜はスナックのホステスと掛け持ちで働くけれど生活は困窮、ついには犯罪と知りながら違法ドラッグの売買に手をつけてしまう女性を、腹の据わった芝居で演じているのだ。ただ、それでいて決して下卑た感じがしないのが彼女の特性とも言うべき利点で、堕ちていってはいても汚れてはいない。もちろん、そこには犯罪にまで走る理由の大きな一つが、子どもたちのためだということを丁寧に描いていくストーリー展開の技もある。
監督は、草彅剛がトランスジェンダーの女性を演じ、バレエの才能を持つ遠縁の子と母子的な関係を築いていく姿を描いて、多くの映画賞を受賞した『ミッドナイトスワン』(2020年)の内田英治。今回も原案、脚本は全て内田監督によるもので、5年の間に何本かの作品を挟みながらも、監督本人が“真夜中シリーズ”と銘打ち、『ミッドナイトスワン』に直につながる作品として構想したのが本作『ナイトフラワー』だ。ナイトフラワーとは月見草とかおしろい花とかの、夜に咲いて朝には閉じてしまう花のこと。本作には、北川景子の他にもう一人“ナイトフラワー”が登場する。それが、このところ出演作が相次ぎ、一作ごとにまったく違う表情を見せるカメレオン俳優として評価を得ている森田望智。今回、演じているのは、孤独な生い立ちを持つ女性格闘家。北川景子演じるヒロインが、夜の街で危なっかしく、けれど必死に働く姿を見てボディーガードを買って出る。
本作で、森田望智がみせる俳優としての存在感は北川景子に引けを取らない。以前から、役柄への取り組み方に定評のあった彼女だが、今回、格闘家役で見せた肉体作りと身体能力は半端ない。撮影の半年以上前から格闘技のトレーニングを始め、徹底的な食事管理で筋肉を増強、劇中何度か挿入されるリング上のファイトシーンも全て自ら演じ切っているのだが、その迫力には目を見張るものがある。また、日常生活のシーンでも外股でのっしのっしと歩く姿からは、演じるキャラクターの内側に秘められた実は切ない心情までも感じさせる。そして、北川と森田の二人が見せるシスターフッド(女性同士の絆)的関係も、繊細な演技できちんと構築されていて作品の厚みを増している。
そんな女優陣の熱演に対して、男性出演陣もエッジの効いた演技で応え、作品のアクセントとなっている。その一人は、森田演じる格闘家の幼なじみで、彼女のことを一途に思っている男を演じるSnowManの佐久間大介。以前出演した内田監督の『マッチング』(2024年)で、「映像芝居の面白さを知った」と語る彼は、トレードマークのピンクの髪を黒く染め、地味ともとれる役柄を丁寧に演じて、俳優としてのポテンシャルの高さを見せている。そして、もう一人が、なんと人気バンドSUPER BEAVERのボーカル、渋谷龍太。演じるのは、ヒロインたちが関わる闇組織のボスで、柔らかい物腰ながら裏社会をきっちり締めている怖い男。渋谷はこれを映画初出演とは思えない怪演で見せる。渋谷のキャスティングは監督かプロデューサー、誰の発案か分からないが大正解だ。
愛と罪の境界を問う、女たちのヒューマン・サスペンスの秀作。
監督・内田英治

1971年生まれ、ブラジル・リオデジャネイロ出身。10歳の時に日本に帰国。『週刊プレイボーイ』記者を経てドラマ『教習所物語』(1999年)で脚本家デビュー。『ガチャポン』(2004年)で映画監督となり、『ミッドナイトスワン』(2020年)で多くの映画賞を受賞した。
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草彅 剛がTGの女性を熱演
『ミッドナイトスワン』(2020年)
TG(トランスジェンダー)の女性が親戚の子を引き取ると、その子にバレエの才能があることが分かり、二人の間には温かい交流が生まれるが……。東京では1370日間もの超ロングラン上映を記録した。
監督・脚本/内田英治
出演/草彅 剛、服部樹咲、上野鈴華、水川あさみ、真飛 聖、田口トモロヲ ほか
俳優・北川景子

1986年生まれ、兵庫県出身。2003年のドラマ『美少女戦士セーラームーン』で俳優デビュー。以降、多くのドラマ、映画で活躍。近年の代表作に、瀬々敬久監督作『ラーゲリより愛を込めて』(2022年)、NHKの大河ドラマ『どうする家康』(2023年)などがある。
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映画全盛期のスター女優を好演
『キネマの神様』(2021年)
今はばくち好きのダメ老人だが、かつては全盛期の撮影所で映画への情熱を胸にバリバリ働く青年だった人物を、沢田研二と菅田将暉が演じた。山田洋次監督による松竹映画100周年記念作品。
監督/山田洋次 脚本/山田洋次、朝原雄三
出演/沢田研二、菅田将暉、永野芽郁、野田洋次郎、北川景子、リリー・フランキー ほか
俳優・森田望智

1996年生まれ、神奈川県出身。2011年にテレビCMでデビュー。2013年、映画俳優デビュー。2019年8月にNetflixで配信開始されたドラマ『全裸監督』で伝説的なAV女優を体当たりで熱演し話題となる。NHKの朝ドラ『虎に翼』(2024年)にも出演した。
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今を生きる若者たちの群像劇
『ジオラマボーイ・パノラマガール』(2020年)
岡崎京子の人気コミックを実写映画化。平凡な高校生のハルコは、ある夜、橋の上で倒れていたケンイチに一目ぼれするが……。森田はケンイチが心引かれる年上の妖艶な女性を演じる。
監督・脚本/瀬田なつき
出演/山田杏奈、鈴木 仁、滝澤エリカ、若杉 凩、森田望智、斉藤陽一郎 ほか
俳優・田中麗奈

1980年生まれ、福岡県出身。1998年、飲料水「なっちゃん」のCMキャラクターで人気を得る。同年、磯村一路監督作『がんばっていきまっしょい』で映画初主演。以降、多くのドラマ、映画で活躍。今年も本作以外に3本の映画に出演している。
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母の思いをかなえようとする娘
『はつ恋』 (2000年)
入院中の母の古いオルゴールから、投函(とうかん)されなかったラブレターを見つけた高校生の娘が、相手の男性を探し出し、なんとか母と再会させようとするのだが……。母の初恋の相手を真田広之が演じる。
監督/篠原哲雄
出演/田中麗奈、真田広之、原田美枝子、平田 満、佐藤 允、中村久美、仁科克基 ほか
MOVIE INFO.
『ナイトフラワー』11月28日(金)公開 PG12
原案・監督・脚本/内田英治
出演/北川景子、森田望智、佐久間大介(Snow Man)、渋谷龍太、渋川清彦、池内博之、 田中麗奈、光石 研 ほか
上映館/MOVIX京都、大阪ステーションシティシネマ、kino cinéma 神戸国際 ほか
©2025「ナイトフラワー」製作委員会
文/春岡勇二
映画評論家、大阪芸術大学客員教授。11月頭に出雲に帰省。玉造温泉でまったりした。
※この記事は2026年1月号からの転載です。記事に掲載の情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認ください。








