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イラストレーターの久保沙絵子が、毎月1冊をピックアップして、勝手にその本の表紙を制作するこの企画。イラストが描き上がるまでを追いかけます。10冊目は、嶽本野ばらの『それいぬ 正しい乙女になるために』に挑戦。

久保沙絵子/イラストレーター。風景画をはじめ、超絶細密なタッチが特徴。雑誌やウエブなどで活躍中。

ポップな表紙と”正しい乙女になるために”という副題から、一見メルヘンなエッセイに見えるのですが、初めの短いエッセイを一つ読むだけであっという間に引き込まれてしまうのは、野ばらさんの文章が独特な寂しさをまとっているからだと思います。
野ばらさんは男性ですが、乙女チックで品のある独特な文章も面白く、繊細な心で捉えた出来事の一つひとつは野ばらさんの中でこんなふうにこされていくのかという発見があり、乙女にも乙女じゃない人にも読んでいただきたい1冊です。

『それいぬ 正しい乙女になるために』
著/嶽本野ばら
文春文庫

高速道路で隣の車線の男性が、運転しながらタバコを右から左に持ち替えて、
“あ、今のなんだかすてきな所作だった。”と思いました。

ただ今、私は東京行きの昼行高速バスに乗っています。
ゆっくりと外を眺めながら、文章を書いていこうと思います。

高速バスはわたしの好きなものランキングトップ10に入ります。4位くらいです。
大阪から東京まで6回の休憩を挟みつつ8時間かかりますが、
東京に着くといつも、あぁもう着いてしまった。と、あと5時間くらいおかわりしたい気持ちになります。

高速バスは私にとっての心チューニングアイテムで、適当に束ねられたたくさんの紙が机でトントントンと整えられて端のそろったきれいな束になるように、自分の中のたくさんの気持ちが、窓の外をぼーっと見ているうちに整理整頓されていきます。
あまりにも整えられて心がきれいになって、窓から見えるなんでもない景色に感動して、1番後ろの席でひそかに涙をちょろちょろ流しています。

そんな、感動からしみ出る涙の話を、野ばらさんは”トウキョウディズニーランドニイク”というタイトルのエッセイで書いています。
前回の文章で、ディズニーランドのことを野ばらさんが”はりぼて帝国”と表現していたと書きました。
ディズニーランドの悪口?と思いきや、野ばらさんはディズニーランドに初めて行った日のことを、”今世紀で1番素晴らしい日だったかもしれない。”と書いています。
人が作ったものの美しさに心を揺さぶられることが真のヒューマニズムだと。
エレクトリカルパレードを見ながら、”死んでもいいと思いました。”という一文に、わたしはなんだかうらやましい気持ちになりました。
まるで逆のことのようですが、死んでもいいと思える瞬間はきっと、生きていく力に変わります。

飛行船に斜線を描き込みました。まっすぐな線を平行に引くのは得意です。

骨組みを描き込みます。

飛行船がぶら下がる鉄骨を全部で4本描いていきます。

下の土台に星を描きます。

実際は、あと3つの飛行船がぶら下がりますが、この絵では、エッセイから連想したものをぶら下げて行こうと思います。

高速バスが3カ所目のパーキングエリアに着きました。
私はいつもここで棒に刺さったてんぷらとクッキーを買います。
棒てんぷらは、タコかチーズでいつも悩みますが今日はタコにしました。
クッキーは、パーキングエリアで見かけたらどこでもよく買います。
パーキングのクッキーはその付近の福祉施設で作られていることが多く、
そういったクッキーは”おうちで作ったクッキー”のような、落ち着くおいしさでホッとします。

高速をどんどん進んで、窓の外に茶畑がちらほら見えだすと、静岡に入ったな。と分かります。少し進むと富士山が見えました。
初めて高速バスから富士山を見た時、あまりにも感動して休憩ポイントの富士見パーキングで富士山のタオルハンカチを買いました。
小さい富士山が無数にプリントされていて、ありがたいのかありがたくないのかよく分からないところが面白くて気に入っています。

高速バスから窓の外を眺めていると、マジカルバナナ的に次から次へといろいろなことが連想され、いろんな気持ちになります。
誰にものぞかれない自分だけの空間なので情緒を自由に行ったり来たりできる自由な時間です。
ですが、野ばらさんはこのエッセイで、どこまでも広がる情緒を、読む人に向けてためらわずに見せてくれているような感じがします。
この文章は泣きながら書いていたのではないだろうか、と思えば別のエッセイでは強気な様子だったり……。
野ばらさんのエッセイを読むと、あっちに行ったりこっちに行ったり、人の心のつかみどころのなさを感じます。

さて!
もうすぐ東京駅に着きます。
重いリュックと大きなスケッチブックバックをゴソゴソしながら降りる準備をしていきます。
嬉しいな、東京!
いっぱいスケッチしてきます!

WEB連載「久保沙絵子の勝手に表紙作ります。」は、毎週水曜更新!次回は、11/26(水)公開予定です!
著者

久保沙絵子

大阪在住、雑誌やウエブなどで活躍中のイラストレーター。風景画をはじめ、超絶細密なタッチの作風が特徴。線の質感にこだわり、作品はすべて一発書き! 制作は、生命保険の粗品のスヌーピーのコップで白湯を飲みながら。また、街中でスケッチすることも。もし、見かけたらぜひ声をかけてください。

  • Instagram
    @saeco2525

※過去記事は、ハッシュタグ #久保沙絵子の勝手に表紙作ります をクリック

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