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イラストレーターの久保沙絵子が、毎月1冊をピックアップして、勝手にその本の表紙を制作するこの企画。イラストが描き上がるまでを追いかけます。10冊目は、嶽本野ばらの『それいぬ 正しい乙女になるために』に挑戦。

久保沙絵子/イラストレーター。風景画をはじめ、超絶細密なタッチが特徴。雑誌やウエブなどで活躍中。

ポップな表紙と”正しい乙女になるために”という副題から、一見メルヘンなエッセイに見えるのですが、初めの短いエッセイを一つ読むだけであっという間に引き込まれてしまうのは、野ばらさんの文章が独特な寂しさをまとっているからだと思います。
野ばらさんは男性ですが、乙女チックで品のある独特な文章も面白く、繊細な心で捉えた出来事の一つひとつは野ばらさんの中でこんなふうにこされていくのかという発見があり、乙女にも乙女じゃない人にも読んでいただきたい1冊です。

『それいぬ 正しい乙女になるために』
著/嶽本野ばら
文春文庫

先日、某百貨店のアートフェアで展示があり、絵をご覧いただいた方から”こんなに繊細な絵を描くあなたの心はとても繊細なのだと思います”というご感想をいただきました。
しかし、繊細という言葉が自分にしっくりあてはまらず、なんでだろう……。と思い、考えていたのですが、私は”繊細”ということばに美しくて透き通ったイメージを持っているからだという結論に至りました。
ちょっと変ですが、私の細かい絵を見て”狂気ですね、怖いです、狂ってますね”と言われる方がなんだかホッとします。

そんな、私自身はうまく受け取れない”繊細”という言葉を、私は野ばらさんに向けて使いたいです。
“正しい乙女になるために”と、本の表紙にあるように、野ばらさんの心には”自分はこうありたい。”という像が心の真ん中にあるような様子でとてもすてきです。
毎日、忙しかったり疲れたりすると、自分はこんな人になりたいというイメージは遠くの方に置いてけぼりになってしまいますが、本当は、人生は、こんな人になりたいと思うイメージにどれだけ近づいていけるかの挑戦であるような気がします。
書きながら、私はぜんぜん挑戦できていない……!と思ってしまいました。
気づけてよかったです。
本ってやっぱり良いです。

真ん中から描き始めました。これは、帽子でしょうか……? 今回は”繊細”をキーワードにしているので、いつもの紙よりずっと薄くてやわい、和紙に描いていきます。

ニョキニョキと、土台から塔のように上に線を伸ばしていきます。

ゆっくりと進めているのでわかりにくいですが……。遊園地にある乗り物の飛行船を描いています。モデルは生駒山上遊園地の飛行船。

骨組みを描いていきます。今回描いている和紙は、ペンのインクをいつもの紙の3倍くらいの速さで吸収していくので、にじまないようにスピード感を持って線を引いていきます。

下の骨組みの一部を描きました。骨組みは直線いっぱいで私の好きなモチーフの一つです。楽しいことは、後に置いておきたいので今日はこのへんで。

今回、生駒山上遊園地の飛行船を描こうと思ったのは、飛行船が、乙女チックな世界観とほんのりとした寂しさの両方を兼ね備えたモチーフで、このエッセイにぴったりだと思ったからです。
生駒山上遊園地の飛行船、なかなか歴史がすごいんです。
1929年の開演当初から稼働し続けており、現存する日本最古の大型遊具だと言われています。
戦時中は軍の監視塔として利用されていたため金属不足の戦時中も回収されることなく残り続けていました。
今も現役で稼働しており、1回300円で乗ることができます。
チケットをスタッフの方に渡して飛行船に乗り込むと、ブーーーーっとブザーがなり、ゆっくりと回転しながら飛行船が上がっていきます。
そうして数分、フワフワと空を飛ぶのですが、高い山の上にあることもあり大阪のビルが建ち並ぶ景色と奈良の平たい景色が交互に目に入り、とても爽やかな気持ちになります。

私はアンティークや骨董が好きでちょこちょこと買い集めているのですが、この飛行船も素晴らしい骨董品であるなぁと思います。

古いものの良さは、わたし的に、どこか寂しそうに見えるところにあると思います。
それは長く存在し続けたからこそ、あらゆるものや人とのお別れの経験を重ねすぎてきたからなのかなと思います。
飛行船の絵も、そんな寂しげな様子を醸しつつ、仕上げていこうと思います。

生駒山上遊園地の飛行船に一緒に乗った友達は、飛行船の300円のチケットを1枚持って帰って、本の栞として使っていました。
今も何かの本に挟まってるんだろうなと思います。
 

WEB連載「久保沙絵子の勝手に表紙作ります。」は、毎週水曜更新!次回は、11/12(水)公開予定です!
著者

久保沙絵子

大阪在住、雑誌やウエブなどで活躍中のイラストレーター。風景画をはじめ、超絶細密なタッチの作風が特徴。線の質感にこだわり、作品はすべて一発書き! 制作は、生命保険の粗品のスヌーピーのコップで白湯を飲みながら。また、街中でスケッチすることも。もし、見かけたらぜひ声をかけてください。

  • Instagram
    @saeco2525

※過去記事は、ハッシュタグ #久保沙絵子の勝手に表紙作ります をクリック

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