深掘りすればより面白い!シネマ予習帳
vol.20『海辺へ行く道』
なにも起こらない豊かさと喜び
映画評論家・春岡勇二がさまざまな角度で作品を掘り下げる連載。
今回は、8月29日(金)公開『海辺へ行く道』を深掘りします。
映画館に行く前に予習しよう!
文/春岡勇二
驚くほど明るいのに、光にとげとげしさがなく、代わりにどこかうきうきと心浮き立つ陽光が作品全体を包み込んでいる。『ウルトラミラクルラブストーリー』(2009年)や『俳優 亀岡拓次』(2016年)など、少し風変わりだけれど観たら病みつきになる、不思議な魅力を持った作品で知られる横浜聡子監督の新作は、そういった映画ファンが監督に抱く勝手な期待すら、もはやどこかに置き去りにしてしまう、底抜け感のある明るい作品だ。
舞台は、町おこしをもくろんでアーティストの移住を積極的に進めてきた海辺の小さな町。今日も町のあちこちで物作りに励む人の姿があり、それらしい音が聞こえてくる。中学2年の奏介は、自分の住むそんな町の様子が気に入っている。自身も美術部に所属して、気の合う仲間と創作活動に精を出しているし、美術部の活動以外にも、演劇部のセット作りや新聞部の取材にも駆り出されて忙しいのだけれど、持ち前ののんびりとした性格でのんきに楽しく14歳の夏を送っている。そんな奏介の元に、さらに怪しげな依頼が舞い込んできて……。
原作は、ネット記事によっては「知る人ぞ知る、孤高の漫画家」とか「漫画界の風来坊詩人」などと言われていて、2016年にガンで亡くなった漫画家・三好 銀が、2008年から2012年に発表した連作集。横浜監督は原作に出合ったとき、もし映像化されることがあるとしたら他の誰にも撮られたくないと思った、という。さらに本作品が今年のベルリン映画祭で特別表彰を受けたときのコメントでは、原作者である三好から、否定も肯定もせず、ただ人の存在を丸ごと受け止める寛容さと、時に人を絶望や断絶から救ってくれるユーモアを学んだ、と語る。誰にも撮られたくなかったというのは分かる気がする。なぜなら、この作品の味わいが横浜監督の作風にぴたりとはまっているから。映画ファンが期待する横浜監督らしさ、それを充分に感じさせつつ、いつしか映画がそれを越えたものになっていることに気付く。それは監督と題材の相性の良さが生んだ奇跡だろう。
主人公の奏介を演じているのは原田琥之佑。デビュー作『サバカン SABAKAN』(2022年)で、おおさかシネマフェスティバル新人男優賞を受賞した際、家族と一緒に会場を訪れた彼は、とても感じのいい少年だった。本作で彼を翻弄(ほんろう)する新聞部員の役を生き生きと演じているのが、『渇水』(2023年)で注目された山𥔎七海。今回、彼らを囲む大人の俳優たちの顔ぶれがすごい。麻生久美子、坂井真紀、唐田えりか、剛力彩芽、それに世界的なダンサーである菅原小春を加えた女優陣、男優陣に至っては村上 淳、高良健吾、宮藤官九郎というくせ者連中に、黒田大輔、宇野祥平、吉岡睦雄、鈴木卓爾とまるで今の日本映画の名脇役たちを一堂に集めたかのような布陣、さらに邦画ファンにとって面白かったのが、『2/デュオ』(1997年)などの監督であり、東京藝大大学院の教授でもある諏訪敦彦が、ちょっとうさんくさい美術関係者の役で出演していること。ナイスな人選だ。今回これだけのキャストがそろったのは、監督の人脈もあるだろうけど、多くの人が作品の内容と横浜監督との相性の良さを感じ取った結果ではないだろうか。そうそう、この作品にはもう一つ重要な主役があった。それは名手・月永雄太カメラマンが切り取って見せる、撮影地・小豆島の風景だ。作品全体を包む、底抜けの明るさとのんびりとした空気はかの地ならではものだろう。大きな事件などまるで起こらず、だから納得のゆく解決なんてものもない。では、この映画から受け取るものはなんなのか。それは人それぞれだろうけれど、なんとなく心豊かになるってこういうことかな、なんて思わせてくれそうだ。
この映画を支える人々を、もっと深掘り!
監督・横浜聡子

横浜聡子/1978年生まれ、青森県出身。2004年、映画美学校卒業。初の長編作品『ジャーマン+雨』(2007年)が自主制作作品では異例の全国劇場公開を果たす。『ウルトラミラクルラブストーリー』(2009年)で商業映画デビュー。オリジナリティあふれるユニークな表現で多くのファンを魅了する。
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安田 顕が名脇役俳優を熱演
『俳優 亀岡拓次』 (2016年)
安田顕が演じる。不器用だが愛すべき男のハートフルストーリー。
監督・脚本/横浜聡子
出演/安田 顕、麻生久美子、宇野祥平、新井浩文、染谷将太、杉田かおる ほか
撮影・月永雄太

月永雄太/1976年生まれ、静岡県出身。1999年、日本大学芸術学部映画学科卒業。撮影助手の経験をほとんど積むことなくプロのカメラマンになり、代表作に青山真治監督作『東京公園』(2011年)、沖田修一監督作『モリのいる場所』(2018年)、三宅 唱監督『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)などがある。
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淡々としつつ温かみのある映像
『夜明けのすべて』 (2024年)
PMS(月経前症候群)を抱える女性とパニック障害を持つ男性が同僚となり、同志的な絆で結ばれていく………。三宅 唱監督が『ケイコ 目を澄ませて』に続いてキネマ旬報ベストテン1位を獲得した秀作。
監督/三宅 唱 撮影/月永雄太
出演/松村北斗、上白石萌音、光石 研、渋川清彦、りょう、芋生 悠 ほか
俳優・原田琥之佑

原田琥之佑/2010年生まれ、東京都出身。金沢知樹監督作『サバカン SABAKAN』(2022年)で映画デビューを果たし、おおさかシネマフェスティバル新人男優賞を受賞する。森井勇佑監督作『ルート29』(2024年)では綾瀬はるかと共演。Rin音の「春と夜空」などMVにも出演している。
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一生忘れない、あの夏の冒険
『サバカン SABAKAN』(2022年)
1980年代の長崎を舞台に、二人の少年がイルカを見るために海へと向かう。一生忘れない、少年の日の、ひと夏の冒険と家族の愛を描く。ドラマ『半沢直樹』の脚本で知られる金沢知樹の映画監督デビュー作。
監督/金沢知樹 出演/番家一路、
原田琥之佑、草彅 剛、尾野真千子、竹原ピストル、貫地谷しほり ほか
俳優・山﨑七海

山﨑七海/2008年生まれ、東京都出身。古川原壮志監督作『なぎさ』(2021年)で映画初出演。高橋正弥監督作『渇水』(2023年)で母親に置き去りにされる姉妹の姉を演じ、報知映画賞、ブルーリボン賞、毎日映画コンクールの新人賞候補となる。2026年、中島哲也監督作『時には懺悔を』が公開される。
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心も渇ききっていた
『渇水』 (2023年)
日照りが続く街で、料金未納の家を回り水道を停止する仕事に就いている男が、育児放棄された幼い姉妹と出会い、離れて暮らす我が子の姿を重ねて、救いの手を差し伸べる。生田斗真が主人公を熱演。
監督/高橋正弥 出演/生田斗真、門脇 麦、磯村勇斗、尾野真千子、山𥔎七海、宮藤官九郎 ほか
MOVIE INFO.
『海辺へ行く道』
8月29日(金)公開
監督・脚本/横浜聡子 撮影/月永雄太 出演/原田琥之佑、麻生久美子、高良健吾、唐田えりか、剛力彩芽、菅原小春 ほか
上映館/ MOVIX京都、テアトル梅田、シネ・リーブル神戸 ほか
©2025映画 「海辺へ行く道 」製作委員会
文/春岡勇二
映画評論家、大阪芸術大学客員教授。暑さのせいか。この夏、旧友たちとの飲み会が6回も。
※この記事は2025年10月号からの転載です。記事に掲載の情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認ください。