深掘りすればより面白い!シネマ予習帳
vol.19『長崎-閃光の影で-』
忘れてはならない夏がある
映画評論家・春岡勇二がさまざまな角度で作品を掘り下げる連載。
今回は、8月1日(金)公開『長崎-閃光の影で-』を深掘りします。
映画館に行く前に予習しよう!
文/春岡勇二
日本には忘れてはならない夏がある。1945年8月9日、午前11時02分、長崎の街は強い光に包まれた。三日前の広島に続く原子爆弾の投下。一瞬の後、人も建物も一緒くたに吹き飛ばす爆風によって街は壊滅した。あれから今年は80回目の夏になる。
先月の映画『夏の砂の上』(2025年)に続いて長崎が舞台の映画を紹介することになるけれど、これも終戦から80年という節目の年ならではのことかもしれない。
プロデューサーの鍋島壽夫にとって本作の原点は、37年前の名匠・黒木和雄監督作『TOMORROW明日』(1988年)まで遡る。同作のプロデューサーでもあった鍋島は、自身が企画した岡田准一主演の『燃えよ剣』(2021年)の撮影を滋賀県で行っていたとき、地元の人から薦められて知ったのが、本作の原作『閃光の影で―原爆被爆者救護赤十字看護婦の手記―』だったという。一読して映画化を決意した鍋島は語る。『TOMORROW明日』で、原爆投下までの人々の時間を描き、今度は投下後の人々の日々を描こうと思ったと。
実際に、原爆投下直後の長崎では500名の看護師が招集され救護活動を行ったという。原作となった手記は日本赤十字社長崎県支部が、戦後35年を経た1980年に、当時必死で救護にあたった看護師たちが残した手記をまとめて発表したもの。原爆という兵器の恐ろしい本質を知る由もなく、気持ちとは裏腹になすすべもない現実に、それでも懸命に立ち向かった人々の、本物の記憶の記録だ。
主役となるのは3人の看護学生の少女たち。性格も思想・信条もそれぞれながら、学問はおろか生活そのものも大変な戦時下、それでも明るさを失わず生き生きとした青春を過ごしていた。 8月、3人は郷里の長崎に帰郷する。そして被爆。一瞬にして日常は吹き飛び、がれきの山となった街で3人は恋人や家族とも会えないまま、使命を果たそうと未熟ながら懸命に救護に奔走する。しかし、救える命よりも葬らねばならない命の方が圧倒的に多い現実の中で、彼女たちは無力感に苛(さいな)まれながら自分たちの使命の意義、命の意味を問い続ける。投下から一週間後、戦争は終わる。その間にもあまりに多く失われた命。果たして明日に希望はあるのだろうか。
少女たちを演じるのは菊池日菜子、小野花梨、川床明日香。徴収令状がきた幼なじみから思いを打ち明けられたり、軍国少女として生きてきたことに悩んだり、離ればなれの父のことを心配する娘であったりと、それぞれの立場から激動の日々を見つめ続けていく。
監督・共同脚本は自身も被爆三世の松本准平。爆心地から5㎞の場所で被爆した監督の祖父には後遺症はなく、被爆者団体で平和活動に従事しながら、しかし、孫たちに原爆のことを語ることはなく亡くなったという。そのことへの思いも込めて監督は原爆と向き合った。さらに、この映画が他の作品と違ったのは、劇中、被爆によって誰もが苦しんでいる中ですら、民族や性別への差別が医療従事者の間でも横行していた事実をきちんと描いていたことだ。この映画は信用できる、そう思った。
終盤、『TOMORROW明日』で主役三姉妹の次女を演じた南果歩が、原爆遺児の子を引き取る女性役で出演するのも、両作のバトンをつなごうというスタッフの意志の表れだろう。愚かしく残念なことに、世界中で核の脅威が現実味を帯びてきている今こそ、こういった作品の持つ意味は大きい。
北野武監督作品をはじめ、手がけた映画は80本を超える
プロデューサー・鍋島壽夫
鍋島壽夫/1953年生まれ、兵庫県赤穂市出身。東京藝大の受験失敗後、1973年、パリ国立高等美術学校入学。1975年、三船プロダクション入社。テレビドラマの美術助手からプロデューサーに。北野 武監督デビュー作『その男、凶暴につき』(1989年)など、これまでに80本以上の映画を製作する。
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1945年8月8日、長崎……
『TOMORROW 明日』(1988年)
井上光晴の小説を原作に、長崎に原爆が投下される前日から当日朝までの日常を、前日に次女が挙式した3姉妹を軸にして描く。鍋島プロデューサーが自身の企画で制作し、最も思い出深い作品と語る。
監督/黒木和雄
出演/桃井かおり、南 果歩、仙道敦子、佐野史郎、黒田アーサー、岡野進一郎 ほか
監督・共同脚本は
自身も被爆三世の松本准平

松本准平/1984年生まれ、長崎県出身。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院修了。吉本総合芸能学院12期生。2007年に映画制作を開始。『まだ、人間』(2012年)で劇場映画初監督。盲ろうの大学教授・福島 智とその母を描いた『桜色の風が咲く』(2022年)で日本カトリック映画賞を受賞した。
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風変わりな“究極の愛”の物語
『パーフェクト・レボリューション』
(2017年)
脳性まひを抱えつつ、障がい者の性への理解を深める活動を行っている通称・クマは、人格障がいを持つ風俗嬢・ミツと出会う。ミツはクマと究極の愛を育むことを提案する。実話を元にした作品。
監督・脚本/松本准平
出演/リリー・フランキー、清野菜名、小池栄子、岡山天音、余 貴美子、丘 みつ子 ほか
2022年日本アカデミー賞新人賞を受賞
菊池日菜子

菊池日菜子/2002年生まれ、福岡県出身。2021年にLUMINEなどのモデルを務め、同年、全日本高等学校女子サッカー選手権大会で初代応援マネージャーに就任。『月の満ち欠け』(2022年)で日本アカデミー賞新人賞を受賞。今年『か「」く「」し「」ご「」と「』にも出演。
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誰かの生まれ変わりだったなら
『月の満ち欠け』(2022年)
2017年、第157回直木賞を受賞した佐藤正午の同名ベストセラーの映画化。不慮の事故で愛する妻と娘を失った男の元に、娘と同じ名前の女性とかつて愛し合っていたという男が訪ねてきて……。
監督/廣木隆一
出演/大泉 洋、目黒 蓮、有村架純、柴咲コウ、
田中 圭、菊池日菜子 ほか
『ハケンアニメ!』での演技が高い評価を
小野花梨

小野花梨/1998年生まれ、東京都出身。2006年、TBSドラマ『嫌われ松子の一生』に出演。『チーム・バチスタの栄光』(2008年)で映画初出演。『プリテンダーズ』(2021年)で初主演。同年朝ドラ『カムカムエヴリバディ』にも出演した。『ハケンアニメ!』(2022年)での演技が高く評価された。
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業界お仕事映画の快作
『ハケンアニメ!』 (2022年)
新人女性アニメ監督が、かつて自分にも大きな影響を与えた天才アニメ監督と、同時間帯番組対決で覇権を競う。辻村深月の同名小説の映画化。小野花梨は神作画と称されるアニメーターを演じた。
監督/吉野耕平
出演/吉岡里帆、中村倫也、柄本 佑、
尾野真千子、小野花梨、工藤阿須加 ほか
MOVIE INFO.
『長崎-閃光の影で-』
8月1日(金)公開
監督/松本准平 脚本/松本准平、保木本佳子
プロデュース/鍋島壽夫
出演/菊池日菜子、小野花梨、川床明日香、水崎綾女、渡辺 大、
田中偉登ほか 上映館/京都シネマ、TOHOシネマズ梅田、OSシネマズミント神戸 ほか©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会
文/春岡勇二
映画評論家、大阪芸術大学客員教授。本好きの娘から[喜久屋書店 阿倍野店]の閉店を知らされる。残念。長い間お世話になりました。
※この記事は2025年9月号からの転載です。記事に掲載の情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認ください。