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イラストレーターの久保沙絵子が、毎月1冊をピックアップして、勝手にその本の表紙を制作する企画。イラストが描き上がるまでを追いかけます。6冊目は、7月は暑い!涼をとりたい……!ということで、貴志祐介のホラー小説『黒い家』です。

久保沙絵子/イラストレーター。風景画をはじめ、超絶細密なタッチが特徴。雑誌やウエブなどで活躍中。

怖すぎるホラー小説です。
幽霊の怖さではなくヒトコワ系です。
家にこの本があることがもう、不吉で怖いと思ってしまうほどに怖いです。
毎日が日常的すぎてそのありがたさが薄れかけた時に読むと、何事もない日々がどれほど安全で幸福かを感じ直すことができます。

暑い夏が始まる気配、この1冊で涼をとるのはいかがでしょうか?
(ゴア要素が強めなので苦手な方はご注意を⚠︎)

『黒い家』
著/貴志祐介
KADOKAWA(角川ホラー文庫)

ザワザワした気持ちで読み進めていくと、主人公に、菰田家の暗い気配がだんだんと迫っていきます。

精神的に追い詰められ続けていたある日の夜、コンビニに出かけた主人公は、家に帰宅する際、直感的に違和感に気づきます。

恐る恐る様子を伺っていると、菰田家の人間が自分の家の鍵を開けて、中に入っていくのを目にします。鉢合わせしなくてよかった。だけど……なぜ家の鍵を持っているんだ。そこから主人公は、恋人が菰田家の人間に連れ去られたことを理解し、恐怖の黒い家に向かいます。

恐怖にあらがって向かっていく主人公の姿勢はすごい!と思います。これまで、菰田家による殺人を何度も目にしてきたにも関わらず、黒い家に向かっていく勇気は本当にすばらしいです。

恐怖にうち勝って向かっていく勇気を、私は高校生の時に絞り出したことがあります。

忘れもしない、3月11日の地震の翌日でした。テレビのニュースで、あまりにも悲惨な被災地の様子を見て心が沈みきった中、いつものように朝、駅から歩いて登校していると、後から、ガバッ!っと口をふさがれました。同じく通学中の友だちが朝からふざけてるんやわ…笑。と思い、”も〜〜〜!笑笑笑”と、言おうと後ろを見て気付きました。友だちじゃない。痴漢でした。
びっくりすると固まるタイプの私ですが、この時ばかりは違いました。走り逃げる人を追いかけました。追いかけている途中で、追いついたらどうする???の先が分からなくなってしまい、結局取り逃してしまったのですが、あの時の私も結構かっこよかったのではないかと思います。

それから私は少しの期間、ハサミをポケットに入れて通学することにしていました。

あの時分かったことは、心がどんなコンディションであろうと、トボトボ歩いていたり、少しでも弱っていると判断されれば襲われる標的にされてしまうということです。人生の中で、特に学生時代は何度かそんな目に合ってきましたが、いつも誰も助けてくれませんでした。そのことに怒っているわけでもなくすねているわけでもなく、自分の身は自分で守ろう!と、思うきっかけになった出来事です。

家の下に影のようなものを描きました。これは、恐ろしい、血のイメージです。

ザザザっと、荒っぽく家の周りに線を引っ掻いていきます。

さらにザザザっと描いていきます。ここまでくるとやりすぎ感があるかもしれませんが、やりすぎの向こうに狂気を感じてもらえれば成功です。

命からがら、黒い家から恋人を助け出しても、主人公の悪夢はまだ終わりません。

たくさんの死体が眠る黒い家を警察がくまなく捜査しますが、菰田家の人間は行方をくらませたまま。

騒動から時間が経ち、もう大丈夫か。と、ホッとした空気が流れ始めたある日、主人公は自身がまだ悪夢の中にいたことを知らされることになります。だんだんと恐怖が重なっていく様子はマトリョーシカのようです。しかも、だんだんと大きく恐ろしい顔になっていくマトリョーシカ。

そんな終わらない恐怖も、この本のページが終わる頃には流石に終わるだろう。と、思われるでしょうが……。続きは読んでいただいて。

この本の緊張感は読まなければ体感できません。

本当に心臓の音は早くなるし、文字をただ追うだけでこんなにも気持ちがざわつく体験はなかなかありません。それは、ストーリーと合わせて、作家の貴志さんの文章の技でもある感じがします。例えば、稲川淳二さんが森のくまさんの朗読をすれば、きっと恐ろしく聞こえるはずです。うまく言葉にできないのですが、この小説の文章もそういった技が隠されていると感じます。

ありがたいことに、私の日常はすごくおっとりしています。

こんな日常が私は大好きですが、日常がいかに安全かを再認識し、再びありがたがるために、たまにこんな本を読みたくなります。

みなさまもぜひ、日常の中に、ドスンと1冊、恐怖を取り入れてみてください。

WEB連載「久保沙絵子の勝手に表紙作ります。」は、毎週水曜更新!次回は、8/6(水)公開予定、新しい作品がスタートします。
著者

久保沙絵子

大阪在住、雑誌やウエブなどで活躍中のイラストレーター。風景画をはじめ、超絶細密なタッチの作風が特徴。線の質感にこだわり、作品はすべて一発書き! 制作は、生命保険の粗品のスヌーピーのコップで白湯を飲みながら。また、街中でスケッチすることも。もし、見かけたらぜひ声をかけてください。

  • Instagram
    @saeco2525

※過去記事は、ハッシュタグ #久保沙絵子の勝手に表紙作ります をクリック

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