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深掘りすればより面白い!シネマ予習帳

vol.17『ルノワール』
少女が見つめる不完全な大人の社会

映画評論家・春岡勇二がさまざまな角度で作品を掘り下げる連載。
今回は、6月20日(金)公開『ルノワール』を深掘りします。
映画館に行く前に予習しよう!

文/春岡勇二

© 2025「RENOIR」製作委員会 / International Partners

 観ていて楽しい映画ではない。でも、観終わったときには心が少し軽くなっている、そんな映画だと思う。前作『PLAN 75』(2022年)では、高齢化社会を背景に安楽死を選択できることの是非を問い、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でカメラドール(新人監督)特別表彰を受賞、さらにアカデミー賞では国際長編映画賞の日本代表作にも選ばれ、一躍、世界的な注目を集めた早川千絵監督の新作。78歳の女性を主人公にした前作から一変して、今回の主人公は11歳の少女で名前はフキ。豊かで研ぎ澄まされた感性を持ち、不完全な大人の世界をのぞきこみながら、生きることの寂しさに触れていく。11歳らしいみずみずしい躍動感を体現する一方で、寂しさから誰かの温もりを求めたり、仲良しの父の死期を感じ取り、以前から興味のあった「死」やオカルティズムへの傾倒を強めたり、そんな少女のはちきれんばかりの感情をかろうじてつなぎとめるのは、ピエール=オーギュスト・ルノワールの一枚の絵との出合いだった……。
 舞台となっているのは、1980年代のあるひと夏。それは早川監督自身の少女時代であり、自身がそのとき抱いていた感情を膨らませて映画に昇華させていったことの証。そして、それはまた多くの少女が同じように抱いていたけれど、いつしか置き去りにしていった思いの形見でもあるはずで、だからこの映画はきっと、大勢のかつての少女たちの心を震わせるに違いない。

 フキを演じているのはオーディションで選ばれた、その当時役柄と同じ11歳だった鈴木 唯。2024年に公開された『ふれる』でも、繊細な心を持つ少女を印象的に演じていた。フキの最も身近な存在で、ときに最も遠い存在にもなりうる母親を演じるのは石田ひかり。1991年、大林宣彦監督の名作『ふたり』で映画初出演を果たして多くの映画ファンの心を捉えたが、そのときの役は14歳から始まって16歳になる少女だった。それがいまや11歳の多感な娘に少し手を焼きつつ、夫の介護をし、さらには仕事でもいろいろな問題を抱えて、普段は芯のしっかりした女性だが、ふとよろめいてしまうという難しい役を見事に演じている。父親役はくせ者、リリー・フランキー。今回も、病にあって家にも職場にも居場所がないけれど、フキとは父娘の独特のつながりを持ち、フキにとってはやはりかけがえのない存在である父親を個性豊かに造形している。他にも、『よだかの片想い』(2022年)、『敵』(2025年)の中島 歩、昨年からの快進撃が続く河合優実、それに2024年秋放送のテレビドラマ『ライオンの隠れ家』での演技が高い評価を得た今注目の俳優・坂東龍汰らが出演。

 そして、この映画を観て改めて思うことがもう一つ。それは、早川監督にとって前作からつながっているテーマであり、本作でも作品の底をずっと流れているのが「生と死」の意識で、映画の表現はこの「生と死」の境界を軽やかに飛び越えることができるということ。映画の登場人物は「生と死」を自在に行き来し、大切な人を失った喪失感やそこからの立ち直りを具現的な物語として描くことができるのだ。実は今回、3人の出演者の過去作としてピックアップした作品、『ふれる』と『ふたり』、『君の忘れ方』にも同じような世界観が構築されている。このことを頭の片隅に置いて3作品を再見してもらえれば、日本映画の一つの系統が見えてくるはずだ。

監督・早川千絵

早川千絵/1976年生まれ、東京都出身。ニューヨークの美大を卒業後、WOWOWで働きながらENBUゼミナールに通い、同校の卒業制作でPFFグランプリを受賞。オムニバス映画『十年 Ten Years Japan』(2018年)の一編を監督。その短編を再構築した『PLAN 75』(2022年)で長編デビューを果たした。(写真:西山 勲) 

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どういう未来を選ぶのか
『PLAN 75』 (2022年)
近未来。75歳以上になると自身の生死を選択できる制度が施行された社会で、職を失った78歳の女性が制度の利用を考え始める……。衝撃的な題材を丁寧に描き、社会の理不尽さを静かに力強く訴えた。
監督/早川千絵
出演/倍賞千恵子、磯村勇斗、たかお 鷹、河合優実、ステファニー・アリアン ほか

俳優・鈴木 唯

鈴木 唯/2013年生まれ、埼玉県出身。『ふれる』(2024年)で映画初出演にして初主演を飾る。今年3月公開の瀬々敬久監督映画『少年と犬』にも出演している。現在12歳にしてすでに演技派俳優として将来が嘱望されている逸材。

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母の喪失に向き合う少女の物語
『ふれる』 (2024年)
数年前に母を亡くした小学4年生の少女が陶芸と出合い、やがて喪失と向き合っていく姿を繊細に描いた、2023年度PFFアワード準グランプリ受賞作。高田監督の日大芸術学部映画学科卒業制作作品。
監督・脚本・編集/髙田恭輔
出演/鈴木 唯、仁科かりん、河野安郎、水谷悟子、松岡眞吾 ほか

俳優・石田ひかり

石田ひかり/1972年生まれ、東京都出身。父の仕事の都合で3歳まで兵庫県西宮市で育つ。1986年、テレビドラマで俳優デビュー。大林宣彦監督の2作品『ふたり』(1991年)と『はるか、ノスタルジィ』(1993年)に主演して注目され、1993年には大ヒットドラマ『あすなろ白書』にも主演した。

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亡くなった姉が守っていてくれる
『ふたり』(1991年)
赤川次郎による原作小説を大林宣彦監督が映画化。尾道を舞台に、しっかり者として知られていた亡き姉の幽霊に見守られながら成長していく多感な少女の物語。姉の役は中嶋朋子が演じた。
監督/大林宣彦
出演/石田ひかり、中嶋朋子、尾美としのり、
富司純子、岸部一徳、増田恵子、中江有里 ほか

俳優・坂東龍汰

坂東龍汰/1997年、ニューヨークで生まれ、3歳まで過ごした後、北海道伊達市で育つ。2017年に俳優デビュー。翌年『花へんろ特別編 春子の人形』でドラマ初主演。『フタリノセカイ』(2022年)で映画に初主演し、映画批評家大賞で新人男優賞を受賞。2024年秋放送のドラマ『ライオンの隠れ家』が話題となった。

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光に向かってもがく人
『君の忘れ方』(2025年)
結婚間近の恋人を突然の事故で失ってしまった青年が、悲嘆(グリーフ)を抱える人に寄り添う「グリーフケア」を通して再生していく物語。坂東龍汰の初単独主演作で、恋人役を演じるのは西野七瀬。
監督・脚本/作道 雄
出演/坂東龍汰、西野七瀬、南 果歩、
風間杜夫、岡田義徳、津田寛治 ほか

MOVIE INFO.

『ルノワール』
6月20日(金)公開

監督・脚本/早川千絵 出演/鈴木 唯、石田ひかり、中島 歩、河合優実、坂東龍汰、リリー・フランキーほか 上映館/MOVIX京都、大阪ステーションシティシネマ、kino cinéma 神戸国際 ほか

© 2025「RENOIR」製作委員会 / International Partners

文/春岡勇二
映画評論家、大阪芸術大学客員教授。5月中旬、劇団☆新感線の初夏公演に行く。鬼がすまう平安期一大エンタメを堪能か。

※この記事は2025年7月号からの転載です。記事に掲載の情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認ください。

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