久保沙絵子の勝手に表紙作ります 5冊目（2）

25.06.11

イラストレーターの久保沙絵子が、毎月1冊をピックアップして、勝手にその本の表紙を制作する企画。イラストが描き上がるまでを追いかけます。5冊目は、伊藤ちひろ『ひとりぼっちじゃない』です。2023年に原作者自身が監督を務める映画版が公開し話題となりました。

久保沙絵子／イラストレーター。風景画をはじめ、超絶細密なタッチが特徴。雑誌やウエブなどで活躍中。

小さい頃から人とのコミニュケーションがうまく取れない男性が主人公の恋愛小説です。悩みながらも前向きにいようとするけれど、どうしても思うような自分になれない中、一人の女性と出会い、少しずつ変わっていくストーリーなのですが……、恋をして徐々にすてきな男性になっていく、という単純なものではないところがこの小説の面白いところ。

初めから終わりまで日記形式で書かれていて、人の日記を盗み見るような新鮮さもある小説です。

『ひとりぼっちじゃない』
著／伊藤ちひろ
KADOKAWA (角川文庫）

とにかくネガティブな思考のススメ先生ですが、そんなススメ先生を好意的に思っている女性は案外そばにいます。その女性とススメ先生は苦手同士かと思いきや……という感じで進んでいくのですが、続いていく人間関係は、コロコロと形態を変えながら成立していくのだなぁと思います。

そしてその女性とは別に、この物語のキーとなる宮子さんという女性が出てきます。出会う場所は、なんとスーパー。日常の極みのような場所で運命の出会いをしたススメ先生ですが、宮子さんはススメ先生には読み取れない不思議な人で、ここからススメ先生の果てのない自問自答が加速していきます。

描いていると、ゴミが寄り添いあっているように思えてきました。この雑然としたゴミ置き場を自分の気持ちと重ね、ぼんやりと眺めるススメ先生を想像します。

ゴミの中には、何か分からないものが多々あります。そういうものは、ただただ形を認識するだけなので、例えば”扇風機はこういう形”のような、固定観念が邪魔をせず純粋に描くことができます。

読んでいると、つくづくススメ先生は苦しそうです。

人と会った時の後味は、時により人によりさまざまですが、ススメ先生が誰かに会った時の後味のほとんどはとても苦々しい様子です。

私もそんな苦々しい後味のことを考えてみると、”大勢の飲み会”が思い浮かびました。

私は大勢の飲み会や集まりが苦手です。少人数でのしっぽりとした時間が好きです。こんなことを言うのは、誘ってくれた方や企画してくれた方に失礼ですが、10分に1回くらい、帰りたいなぁ。と思うタイプです。表情筋がサボりそうになるのを自分自身で律しながらそこに存在しているような感じで、やっとお開きになった時、疲れたなぁと感じます。

そうしたら、ほっとする音楽を聞いたり、ほっとする本を読んだり、速やかに自分に戻るために気分をチューニングしたくなります。疲れた飲み会の帰りに、コンビニでわらび餅を買って帰り、お気に入りの一保堂の緑茶と一緒に食べて、”あぁ家用の自分に戻ってきた。”と、心底落ち着きます。

飲み会を楽しめない自分が損をしているように思ったり、もしかしたら自分のこの気持ちが透けてしまっているかもしれない。と、不安になったりします。こんな気持ちを知っているから、私はこの小説が大好きです。こんな自分でいたくはないけれど、どうしようもできない部分があります。こんな気持ちをなんと呼ぼう。と、いつも考えています。

気持ち一つ一つには、辛い、苦しい恥ずかしい。など、名前や表し方がありますが、ごちゃごちゃにミックスされている気持ちに表し方はありません。そんな時にこの小説があります。こんな気持ちに名前はないけれど、こんな気持ちが一つの物語となって言葉の代わりにわたしに寄り添ってくれます。

だからこの本は何回も読みたくなるんだなぁと思います。

ここまで書いてしまって、この先もう大勢の飲み会に誘われないかもしれない。と、心がザワザワしてきましたが、もう深く考えずに、わたしは私のゴミ置き場をぼんやりと眺めていようと思います。