CINEMA_HE-100

映画評論家・春岡勇二がさまざまな角度で作品を掘り下げます。今回は、3月28日(金)公開『レイブンズ』を深掘り! 映画館に行く前に予習しましょ。

深掘りすればより面白い!
3月28日(金)公開『レイブンズ』

文/春岡勇二

©Vestapol, Ark Entertainment, Minded Factory,Katsize Films, The Y House Films

撮ることしか愛し方を知らなかった

 1974年、[MoMA](ニューヨーク近代美術館)で開かれた「New Japanese Photography」展に、土門 拳、東松照明、細江英公、森山大道らと共に展示された写真家・深瀬昌久。近年、再び欧米を中心に再評価が高まる彼の波乱に満ちた人生を、フィクションを交えて描く映画『レイブンズ』。題名のレイブンズとは、彼の被写体の重要なモチーフの一つだった「鴉(からす)」からとられている。
 深瀬を演じるのは浅野忠信。監督はイギリス人のマーク・ギル。ギル監督は2015年にイギリスの新聞記事で深瀬のことを知り、彼の写真ばかりではなく、彼のたどった複雑な愛の物語に引かれたという。そして、深瀬役には初めから浅野忠信しか頭になかったとも。浅野はかつて、やはり実在の写真家でカンボジア内戦を取材中に消息を絶った一ノ瀬泰造を、『地雷を踏んだらサヨウナラ』(1999年)で演じており、再び実在のカメラマンを演じることになった。
 ギル監督が言う、深瀬昌久をめぐる複雑な愛とは何か。一つは、最初の妻であり、深瀬の写真の被写体として強い印象を残す「洋子」との関係だ。新婚時代、団地の2階の窓から、下を通って出かけていく洋子を撮る深瀬。そこに写る洋子は悪戯(いたずら)っぽく笑い生き生きとしている。能楽師になるという夢を持つ洋子を深瀬も応援する。だが、やがて関係は変わっていく。数年間の、撮る=撮られるの関係の奥に、深瀬が真に見つめるものを感じていく洋子。「カメラの後ろに隠れてないで、ちゃんと見てよ。カメラじゃなくて、あなたの目で(私を)見てよ」「ちゃんと見てるよ」「ううん、あなたは自分を見てるだけ」。そこには写真家にとって、写真を撮るとはどういうことなのかという永遠の命題がある。二人はそれぞれの道を歩み出す。
 洋子を演じるのは瀧内公美。昨年の大河ドラマ『光る君へ』で、柄本佑演じる藤原道長の第二夫人にあたる女性を演じて、吉高由里子や黒木華に負けない存在感を示して話題になったが、映画ファンにしてみれば、同じ柄本佑とこちらはW主演の形で共演した『火口のふたり』(2019年)の方がよりインパクトがあり、挑発的に愛憎を物語る役を演じたらおそらく現在ナンバーワンの俳優だろう。
 深瀬の複雑な愛の対象となるのはもう一人、父親の存在だ。プロの写真家を目指して大学に行こうとした深瀬を許さず、以来終生にわたって確執があった相手。演じているのは古舘寛治。
 そして、大事な存在がもう一体。少年のころから共にあって、芸術家のダークだけれど深遠で哲学的な“知”を語る、頭が鴉で身長8フィートの異形の者「ツクヨミ」だ。深瀬にしか認識できないその存在が、深瀬の内面を抉(えぐ)っていく。
 三者を相手にして、一見ぶっきらぼうな態度をとりながら、その実、繊細に深く内向していく芝居を見せる浅野忠信。「僕にしかできない役だった」と語る本人に、多くの人が首肯すると思う。物語の折々に寄り添うようにはめこまれた1960~70年代の昭和歌謡やシティポップスも、ミュージシャンの経歴を持つギル監督のセンスを感じさせて聴き応えがある。

この人に注目!
俳優・浅野忠信

浅野忠信/1973年生まれ、神奈川県出身。松岡錠司監督作品『バタアシ金魚』(1990年)で映画デビューし、青山真治監督作品『Helpless』(1996年)で初主演。以降、国内外で活躍。アメリカで2024年に放映・配信されたドラマ『SHOGUN 将軍』で、ゴールデングローブ賞助演男優賞を受賞した。

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永遠の別れへの優しい旅路
『岸辺の旅』(2015年)
夫が3年ぶりに帰ってきて、自分はもう死んでいると言う。そして、夫が世話になった人々を夫婦で訪ねることに……。黒沢 清監督がカンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞を受賞した不思議な愛の物語。
監督/黒沢 清
出演/浅野忠信、深津絵里、小松政夫、柄本 明、蒼井 優、奥貫 薫 ほか

浅野忠信演じるカメラマンの伝記映画をもう一本!
R・キャパに憧れた青年
『地雷を踏んだらサヨウナラ』(1999年)
1972年、激化するカンボジア内戦の現場でシャッターを押し続け、26歳で消息を絶った報道写真家・一ノ瀬泰造を浅野忠信が演じ、一つのまっすぐな青春像を描き出す。アンコールワットが悲しい。
監督/五十嵐 匠 原作/『地雷を踏んだらサヨウナラ』(一ノ瀬泰造、講談社) 出演/浅野忠信、川津祐介、市毛良枝、羽田美智子、ソン・ダラカチャン、ロバート・スレイター ほか

俳優・瀧内公美

瀧内公美/1989年生まれ、富山県出身。内田英治監督作品『グレイトフルデッド』(2014年)で映画初主演。廣木隆一監督作品『彼女の人生は間違いじゃない』(2017年)で注目され、柄本佑とW主演した荒井晴彦監督作品『火口のふたり』(2019年)ではキネマ旬報ベストテン主演女優賞に輝いた。

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瀧内公美VS河合優実
『由宇子の天秤』 (2021年)
真実を真摯(しんし)に追うドキュメンタリストが、自身の父親が加害者的立場になったことで、仕事の信念をはかりにかけなくてはいけなくなる。物語の鍵を握る女子高生を演じた河合優実も注目された。
監督・脚本/春本雄二郎
出演/瀧内公美、河合優実、光石研、梅田誠弘、丘 みつ子、川瀬陽太 ほか

俳優・古舘寛治

古舘寛治/1968年生まれ、大阪府出身。23歳で単身でニューヨークに渡り演技を学ぶ。29歳で帰国。33歳の時に劇団「青年団」入団。舞台を中心に多くの映画・ドラマに出演。連続企業爆破の逃走犯・桐島 聡を演じた、足立正生監督作品『逃走』が3月15日に公開された。

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古舘寛治の真骨頂
『歓待』 (2011年)
下町で小さな印刷所を営む一家に、得体の知れない男がいつの間にか住み着いて家の中を引っかき回し、さらになぜか外国人たちが入り込んできて……。ブニュエル作品を思わせる不気味なコメディー。
監督・脚本/深田晃司
出演/山内健司、杉野希妃、古舘寛治、ブライアリー・ロング、オノエリコ、松田弘子 ほか

MOVIE INFO.

『レイブンズ』
3月28日(金)公開

監督・脚本/マーク・ギル
出演/浅野忠信、瀧内公美、古舘寛治、池松壮亮、高岡早紀 ほか
上映館/京都シネマ、大阪ステーションシティシネマ、OSシネマズミント神戸(4/4~) ほか

©Vestapol, Ark Entertainment, Minded Factory,
Katsize Films, The Y House Films

文/春岡勇二
映画評論家、大阪芸術大学客員教授。大学以来の友人の娘さんが撮った映画を観にアップリンク京都へ。世代の継承を実感。

※この記事は2025年5月号からの転載です。記事に掲載の情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認ください。

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