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映画評論家・春岡勇二がさまざまな角度で作品を掘り下げます。今回は、2月28日(金)公開の『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』を深掘り! 映画館に行く前に予習しましょ。

深掘りすればより面白くなる!
2月28日(金)公開『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』

名声と孤独、ボブ・ディラン旅立ちの歳月

文/春岡勇二

©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

 アメリカ音楽の伝統の中に、新たな詩的表現を創造した」。これが、2016年、ボブ・ディランがシンガーソングライターとして初のノーベル文学賞に輝いたときの受賞理由だった。誰もが知る、20世紀最大級のカリスマ・ミュージシャン、ボブ・ディラン。『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』は、ディランがミュージシャンとして歩み始めた最初の5年間を、周囲の人物たちとの交流から丁寧に追いながら、ミュージシャンとして変革を求め続けた彼の心中と行動をドラマチックに描き、今年のアカデミー賞では作品賞に監督賞、それに主演男優賞など8部門でノミネートされた秀作だ。
 1961年、一人の若者がギター一本を抱えて、敬愛するミュージシャンのウディ・ガスリーを訪ね、ヒッチハイクでニューヨークにたどり着く。当時人気のシンガー、ピート・シーガーに連れられ病床に伏すガスリーに会うことができた若者は、二人の前で歌う。その才能にすぐに気付いたシーガーの後援を得て、若者はプロとして活動を開始する。若者の名はボブ・ディラン。やがてディランは、当時絶大な人気のあった女性歌手ジョーン・バエズとも知り合い、瞬く間に時代のちょう児となるが、彼の生み出す音楽は新たな地平を求め、周囲との軋轢(あつれき)を恐れることなくさらなる歩みを進めようとしていた……。
 アカデミー賞に、主演男優・助演男優・助演女優でノミネートされていることからも分かるように、出演俳優たちがみんな良い。ディランを演じるのはティモシー・シャラメ。ディラン役には少し美男子過ぎるのではと思ったが、演じてみたらそれもまったくマイナスとはならず、逆に彼の確かな演技力を再認識させる結果となった。また、コロナ禍とハリウッドでのストライキで撮影が延期となった5年間、映画のために歌とギターとハーモニカの練習に励んだ成果も大いにあって、劇中の歌は全てシャラメ本人が歌っているのもすごい。シーガーを演じるのは名優エドワード・ノートン、さらにバエズ役のモニカ・バルバロと二人もオスカー・ノミネートの巧演だ。そしてもう一人、ディランのファンなら気になるのが、永遠の名盤『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』のジャケットにディランと仲むつまじく写る当時の恋人、スージー・ロトロだろう。映画では彼女をモデルにした役柄を、シルヴィ・ルッソという名でエル・ファニングがとても魅力的に演じているのでご安心を。才能に引かれ合う形でバエズとも関係を持つディラン。ここではディランとシルヴィとジョーン・バエズの微妙な三角関係も描かれていて、戦後アメリカの社会と文化の変革期を背景にした、成熟前の一人の青年が揺れる恋愛映画としての一面も持った作品になっている。
 監督は『ウルヴァリン』(2013年)や『インディ・ジョーンズ』シリーズ(1981年〜)など幅広いジャンルを手掛け、代表作は『フォードvsフェラーリ』(2019年)や、ディランと同時代のミュージシャン、ジョニー・キャッシュを題材にした『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(2005年)など、実在の人物を描いた作品で本作でも手堅い腕を見せるジェームズ・マンゴールド。
「どんな気分だい? 家もなく、名もなき者で、転がる石のようなのは?」、今「Like a Rolling Stone」を聴くと、ディランの姿に重なってシャラメの姿が浮かんでくる。それもまた楽しい。

実在の人物を描いた作品で本作で
手堅い腕を見せるジェームズ・マンゴールド

ジェームズ・マンゴールド/1963年、著名な画家の両親の元、アメリカ・ニューヨークで生まれる。カリフォルニア芸術大学、コロンビア大学で映画製作と演技を学ぶ。『君に逢いたくて』(1995年)で監督デビュー。代表作に『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(2005年)、『LOGAN/ローガン』(2017年)などがある。

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同時代の音楽伝記映画の秀作
『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』 (2006年)
ディランと同時代のシンガー、ジョニー・キャッシュの伝記映画。二人目の妻となった歌手のジューン・カーターとの関係を描く。ジューン役のリース・ウィザースプーンは、本作でアカデミー主演女優賞を受賞。
監督・脚本/ジェームズ・マンゴールド
出演/ホアキン・フェニックス、リース・ウィザースプーン、ロバート・パトリック、ジニファー・グッドウィン ほか

ボブ・ディランの伝記映画をもう一本!
人種・性別を超えて描かれる半生
『アイム・ノット・ゼア』(2008年)
奇才監督によるユニークな伝記映画。実力派俳優6人が、フォークシンガー、詩人などそれぞれ異なった立場でのボブ・ディランを演じる。なかでもケイト・ブランシェット演じるディランが印象的。
監督/トッド・ヘインズ 出演/クリスチャン・ベール、ケイト・ブランシェット、マーカス・カール・フランクリン、リチャード・ギア、ヒース・レジャー、ベン・ウィショー ほか

ディランを演じるのはティモシー・シャラメ

ティモシー・シャラメ/1995年生まれ、アメリカ・ニューヨーク出身。米と仏の二重国籍を持ち、年に数カ月は仏で過ごした。子役としてCMやTVドラマに出演。『インターステラー』(2014年)ではマシュー・マコノヒーの息子を演じ、『君の名前で僕を呼んで』(2018年)で世界中に存在を知らしめた。

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かなしくも美しい、ひと夏の恋
『君の名前で僕を呼んで』(2018年)
ティモシー・シャラメが初めてアカデミー主演男優賞の候補になった出世作。北イタリアの避暑地を舞台に、24歳と17歳の美しい青年二人の情熱的な恋とその終わりを描く。
監督/ルカ・グァダニーノ 出演/ティモシー・シャラメ、アーミー・ハマー、マイケル・スタールバーグ、アミラ・カサール ほか

幼少期から演技力に定評のある
エル・ファニングが彼女役を好演

エル・ファニング/1998年生まれ、アメリカ・ジョージア出身。姉は俳優のダコタ・ファニング。2歳から芸能活動を始め、幼少期から演技力に定評があった。『バベル』(2007年)ではブラッド・ピットとケイト・ブランシェットの娘役を演じた。他の代表作に『SUPER8/スーパーエイト』(2011年)など。

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愛に満ちたダーク・ファンタジー
『マレフィセント』 (2014年)
『眠れる森の美女』(1959年)に登場する魔女・マレフィセントを主人公にしたダーク・ファンタジー。マレフィセントをアンジェリーナ・ジョリーが演じ、エル・ファニングがオーロラ姫を演じた。
監督/ロバート・ストロンバーグ 出演/アンジェリーナ・ジョリー、エル・ファニング、シャールト・コプリー、サム・ライリー、ブレントン・スウェイツ ほか

MOVIE INFO.

『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
2月28日(金)公開

監督/ジェームズ・マンゴールド 出演/ティモシー・シャラメ、
エドワード・ノートン、 エル・ファニング ほか
上映館/ MOVIX京都、T・ジョイ梅田、109シネマズHAT神戸 ほか
©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

文/春岡勇二
映画評論家、大阪芸術大学客員教授。3月29日、東大阪[大阪府立中央図書館]で、『プレイガイドジャーナル』の話をします。参加無料。

※この記事は2025年4月号からの転載です。記事に掲載の情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認ください。

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