映画評論家・春岡勇二がさまざまな角度で作品を掘り下げます。今回は、1月24日(金)公開の『雪の花 -ともに在りて-』を深掘り! 映画館に行く前に予習しましょ。
深掘りすればより面白くなる!
1月24日(金)公開『雪の花 -ともに在りて-』
邦画のレジェンド達が放つ本格時代劇
文/春岡勇二
ペスト、コレラ、スペイン風邪、そしてコロナと、これまで何度も猛威を振るって人類を滅亡の淵に立たせてきた疫病。中でも忘れてはならないのが天然痘で、日本でもかつては疱瘡(ほうそう)と呼ばれ、平安時代から江戸時代の末期まで、死に至る病として恐れられていた。時は移り、1980年、WHO(世界保健機関)が天然痘の根絶宣言を発表。天然痘は人類が克服した唯一のウイルス感染症と言われているが、その根絶に大いに貢献したのがイギリスの医師、エドワード・ジェンナーが1796年に発見・実施した、種痘と呼ばれる予防法だった。これは牛の感染症である牛痘のウイルスを人に接種して免疫をつくり、天然痘にかからないようにするもので、これを日本に伝来させ、日本でも種痘を実施したのが、江戸時代末期、福井で無名の町医者だった笠原良策という人物だった。映画『雪の花 ーともに在りてー』は、この笠原良策を描いた作品。
原作者は、強い信念を持つ人間を描いた作品が多い吉村 昭。監督は、巨匠・黒澤 明の直弟子であり、黒澤監督が遺した脚本『雨あがる』(2000年)で監督デビューを果たした小泉堯史。小泉監督には『博士の愛した数式』(2006年)など現代劇の代表作もあるけれど、役所広司主演の2本『蜩ノ記』(2014年)や『峠最後のサムライ』(2022年)を観れば、小泉監督がいまや貴重かつ本格的な時代劇を撮れる演出家であることが分かる。本作でもその資質は十分に生かされ、見応えのある作品となっている。
映画はまず、とある村で病に苦しむ多くの者を疱瘡と診断した良策が、診断は下したものの、命を救うことはおろか、効果的な治療も何一つできない自分に無力感を抱くところから始まる。そんな良策を支え、励まし続ける妻・千穂。良策は漢方を学んだ医師だが、知り合った蘭方医・大武了玄から、当時最先端の医療を行っていた京都の蘭方医・日野鼎哉のことを聞かされ、日野の元で改めて蘭方を学ぶ。そこで、異国ではそもそも疱瘡にかからないようにする種痘という方法があることを知った良策は、これをなんとか日本でも行えないものかと考え、その実現のために人生を懸けることを決意する。だが、まずは「種痘の苗」を海外から取り寄せなければならないし、それには幕府の許可も必要と、乗り越えるにはあまりに高い壁がいくつもあった。けれど、良策は決して諦めず、ひたすらに奔走するのだった。
良策を演じるのは松坂桃李。人々を病から救うことだけを目的に全力を尽くす青年医師を、持ち前の清廉なイメージのまま熱演。良策には柔術の達人という側面もあって、アクションシーンも用意されている。日野鼎哉役と大武了玄役は小泉作品の常連、役所広司と吉岡秀隆。千穂を演じる芳根京子にも、終盤、ちょっと意外な見せ場がある。小泉作品の常連と言えば、撮影の上田正治もそう。共同撮影を含め、小泉監督の全作品に参加しているのだから。ただ、上田正治と聞けば、黒澤作品を想起する人も多いはず。『影武者』(1980年)以降の全ての黒澤作品を撮り、『乱』(1985年)では米アカデミー賞撮影賞にノミネートもされている。本作でもワンカット観ただけで、これが時代劇映画の画だよなと思わせるのがすごい。特に「種痘の苗」を運んで、雪の峠を越えるシーンは一番の見せ場で、邦画ファン必見のシーンとなっている。
スタッフ・キャスト共に日本映画界のレジェンドが結集していると言っていい作品。本格時代劇が観たいという人にお薦め。
原作は強い信念を持つ人間を描く、
吉村 昭
吉村 昭/1927年生まれ、東京都出身。1958年、週刊新潮に短編「密会」を発表し職業作家デビュー。1966年、『戦艦武蔵』で記録文学に新境地を拓く。資料や関係者の証言に基づく緻密な調査で知られた。本作の原作小説『雪の花』(新潮文庫)は、1988年に発表された
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マグロの一本釣りに生きる男たち
『魚影の群れ』 (1983年)
北の海でマグロの一本釣りに命懸けで挑む男を緒形拳が演じ、娘役の夏目雅子、娘婿役の佐藤浩市らと葛藤を繰り広げる。独特の迫力を持つ脚本家・田中陽造と名匠・相米慎二が組んだ、相米監督の代表作の一本。
監督/相米慎二
原作/吉村 昭
出演/緒形拳、夏目雅子、佐藤浩市、十朱幸代、矢崎 滋、レオナルド熊 ほか
監督は、巨匠・黒澤 明の直弟子、
『雨あがる』でデビューの小泉堯史
小泉堯史/1944年生まれ、茨城県出身。1970年に黒澤プロダクションに参加し、黒澤明に師事。『影武者』(1980年)以降、5本の黒澤作品で助監督を務めた。黒澤監督の遺作脚本を映画化した『雨あがる』(2000年)で監督デビュー。同作がベネチア国際映画祭で緑の獅子賞を受賞。
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ぎこちなくも温かい愛の物語
『博士の愛した数式』 (2006年)
小川洋子による同名小説を映画化。家政婦として働くシングルマザーが、事故の後遺症で記憶が80分しか持たない老数学者の家に勤めることに。彼女と幼い息子は博士の人柄と美しい数式に魅了され、3人は心通う仲になるのだが……。
監督/小泉堯史
出演/深津絵里、寺尾聰、吉岡秀隆、浅丘ルリ子 ほか
米アカデミー賞撮影賞にノミネート!
小泉作品の常連、上田正治が撮影
上田正治/1938年生まれ、千葉県出身。1956年、東宝撮影所入社。1983年からフリー。『影武者』(1980年)以降の黒澤 明監督作品の撮影者として知られ、『乱』(1985年)では米アカデミー賞にノミネート。『エスパイ』(1974年)は黒澤作品を担当する以前の作品で、時代劇とはまた違うタッチが楽しい。
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小松左京原作のSFアクション
『エスパイ』 (1974年)
世界平和を守るため、人知れず活躍する超能力を持った秘密諜報員たち・エスパイの戦いを描くSFアクション。監督は『100発100中』(1965年)、『ゴジラ対メカゴジラ』(1974年)などの福田 純。
監督/福田 純
撮影/上田正治
出演/藤岡弘、、由美かおる、草刈正雄、加山雄三、若山富三郎、岡田英次、高村ルナ ほか
MOVIE INFO.
『雪の花 ーともに在りてー』
1月24日(金)公開
監督/小泉堯史 出演/松坂桃李、芳根京子、三浦貴大、宇野祥平、沖原一生、役所広司ほか 上映館/MOVIX京都、大阪ステーションシティシネマ、Kino cinéma 神戸国際 ほか
©2025映画「雪の花」製作委員会
文/春岡勇二
映画評論家、大阪芸術大学客員教授。1月2日に嵐山[福田美術館]の『若冲激レア展』に。若冲より応挙と蕭白(しょうはく)の画にしびれる。
※この記事は2025年3月号からの転載です。記事に掲載の情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認ください。