神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、田邉栞さんの日々のブックマーク
VOL.23
ブックイベント「本の町」出店編
「サラリーマンにまぎれた店主たちの小さな乾杯」
text and photo
田邉 栞(たなべ しおり)
神戸で[本の栞]という本屋をやっています。
これまで毎年三が日も営業してきましたが、
今年はついにお休みです。また来年お会いしましょう。
11.2 sat.
今日から三日間、大阪の[β本町橋] 1 で開催される「本の町」 2 に出店。ご近所の[1003] 3 店主の千織さんの車に荷物をのせてもらい、自分は電車でせかせかと向かう。準備のあいだからずっとせかせかしていたから緊張はあまりせずにすんだ。
昨晩からの雨で警報まで出ているからかイベントは静かにはじまった。ほかの出店者さんにご挨拶がてら会場内をうろうろとまわって、主催の[FOLK old book store] 4 さんが出していた朝野ペコさん 5 の黒猫のポストカード(飼い猫にすこし似ていた)と、[1003]さんのアンソロジーペーパー『ねぇちょっと、奥村さん』 6 を買ってすぐに読む。晩ちゃん 7 の酔っ払いエピソードにはわたしも居合わせていた気がします、そうかも、あのときは誰がいたんでしたっけ、とあいまいな記憶を千織さんと二人でたぐる。
[誠光社] 8 の堀部さんと最近観た映画の話。映画好きなら、年末に[1003]で開催される「スター千三夜」に来るといいですよ、と教えてもらったがざんねんながら旅行に行っている日だった。映画『石がある』 9 のパンフレットにのっていた、文筆家の五所純子さん 10 と監督の太田達成さんの往復書簡がよさそうだったので買って読む。
日記に書かれる感情というのは、風景に間に合わない私のようなものかもしれない。太田さんのメールを読みながらそう思いました。だからひとは日記で感情を追いかけるのかもしれませんし、日記に書かれた感情はいつもわずかに出来すぎている気もします。そのようにしか日記や風景を表現できないとしたら、せめてその感情や私は出来すぎないようにしたい……と、ここまですらすら書いたものの、わたしは本当にそんな殊勝なことを思っているのかどうか。加納さんの日記は清いですね。(『石がある』パンフレット)
一番土砂降りのタイミングで[コーネル] 11 へ。仕事中に[コーネル]に行けるなんてとてもラッキー。満腹のずぶ濡れで戻ったら堀部さんが缶ビールと味ごのみをくれた。ちいさな円になってビール片手に身の上話を聞く。みんないろいろある。味ごのみ、ひさしぶりに食べたが好きな味のおかきばかりが混ざっていてうれしいおつまみ。小魚が入っているのが申し訳程度の栄養という感じでなおよい。
夜のトークイベントが始まるまえに、残っているひとたちで近所の中華料理屋[晴華] 12 へ。すごく近くだし安くてうまいですよ、と言う吉村さんについていくと、スーツの団体がどやどやと店の中へ入っていくところだった。どうやら宴会らしい。こりゃむずかしいですね、と諦めようとしていたら店員さんが追いかけてきて、奥にどうぞと言う。そろそろと入って隅っこのテーブルにちんまりと座り、なんだかよくわからない理由の乾杯の音頭に押されながら、出てくるのが早そうなものをすばやく注文した。われわれ以外は全員なにかの会社員だった。[ホホホ座] 13 の山下さんの「19時までに出たいんだけど、いけますかね?」という質問に店員のおばちゃんは食い気味にシチ、ダイジョウブ。と返しており、ほんとうか? と疑惑の目を向ける。ところが天津飯はほんとうに体感30秒で登場し、われわれは見事19時までに会場へと戻ることができた。シチダイジョウブでした。これからトークの吉村さんと山下さんは仲良く海老チャーハンを食べていた。
トークは具体的なお金の話を中心にすすんだ。山下さんの「個人書店なんてみんな自転車操業ですから」という言葉に勇気づけられる。でも、毎日新刊本のチェックと発注をして、通信販売に登録して、お客さんと話したりして、としていたら暇やなあという日はない、料理人が毎日仕込みをしているみたいなもの、ということを話していて、そこにはうなずけず、唖然とした。わたしは店でぼんやりしていることが多い。なんでこんなに暇なのだろうとおもっていたが、単にするべき仕事をしていないからだったのか。
ほかにも、お客さんから、独立書店はみんな協力しあって……みたいな感じなんですか? と質問されたときの、吉村さんの「というよりは、みんな好きにやったらいいとおもっている」という言葉に含まれたゆるやかな連帯感や、山下さんの「本の仕入れは店で本を選ぶお客さんの代わりをやっているような感じ」、「Amazonや大型書店のような大きな会社が全体を動かしてくれているおかげで成り立つ仕事」だと話していたことなど、あらためて本屋の仕事がすきだなと、怠惰な店主ながらおもう。明日からの気持ちをもらい帰路。
11.3 sun.
今日は昨日とちがいよいお天気で、一日を通してお客さんがたくさん来ていた。せわしく働きつつ、お隣の[toi books] 14 の磯上さんと、川に浮かぶ謎のコタツや、カートに詰められ風に吹かれる犬たち、などを上から眺めて和やかに過ごす。
今日から[スタンダードブックストア]さん 15 も参加されていた。高校生のころ、心斎橋の店舗にとにかく暇さえあれば行っていた。これを書いていてふいに記憶がつながったが、阿倍野の、タワレコとおなじフロアにあった本屋も思い返すと[スタンダードブックストア]だったのか、と気がつく。当時の恋人が近所に住んでいたのでよく待ち合わせをしたし、もうほとんど手元にはないけれど、あの店でほんとうにいろいろな本や雑貨を買った。すっかり記憶の奥そこにいて、店主の中川さんには心斎橋の方のお話しかできなかったが、まちがいなく、10代のわたしにとってカルチャーに触れるおおきなひとつの場所だった。なんという本屋なのか名前もよく知らぬままに誰かのそういう場になっているなんて、なんてかっこいいんだろう。
打ち上げがあったが、なんだかとてつもなく疲れていたので早々においとました。みなさんは遅くまで飲んでいたらしい。いやはや、やはり本屋さんってタフですな。
11.4 mon.
最終日も穏やかにスタート。吉村さんと千織さんと堀部さんがそれぞれ所用などでおられず、一階のカフェもお休みで、なんとなくしんとした感じ。あまりに静かなのでなにか音楽がほしいとみな口々に言いだし、会場からBluetoothスピーカーを借りた。音楽係を引き受けたのでヴァシュティ・バニアン 16 など好きに流す。
夕方にかけてじんわりと忙しく、お昼を食べそこねていたので磯上さんにレジをお任せして外へ。目星をつけていたカレー屋さんなどは軒並みお休みや売り切れで、お昼どきも回っていたのですべてのあてが外れてしまった。結局、昨日みんながやたらと噂していた東京チェーンのお蕎麦屋さん[ゆで太郎] 17 に。えび尽くしのかき揚げが揚げたてでふうとひと息。会場に戻るともう16時、あと1時間、あっという間。
最後は出店者同士で本を買いあっていて、その光景が慌ただしくも平和的で、なんだか三日間のなかでいちばんよい眺めだった。わたしも[スタンダードブックストア]さんで『古本屋台』 18 と蟹の親子さんの『水筒』 19 (自店でも販売していたが版元品切れとなってしまい、自分の分を買いそびれていたので在庫がありうれしい)を買う。磯上さんからは早助よう子さんの『ジョン』 20 を、読んでみてもし気に入ったらぜひ仕入れてください、と一冊いただいた。
くたびれ果てて大阪からの帰路についたが、三日間のよい光景や言葉でなんだか力に満ちていたのですこし店で仕事をしてから家に帰った。
- 電話番号080-3855-6606
- 住所神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
- 営業時間12:00~19:00
- 定休日水・木&不定
- カード使用可