栞の栞-VOL22hd

神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、田邉栞さんの日々のブックマーク

VOL.22
「じゃがいもがあたたかいうちに塩」

text and photo
田邉 栞(たなべ しおり)
神戸で[本の栞]という本屋をやっています。
次号のSAVVYは「美術館と本屋」特集、
[栞の栞]も拡大版にて掲載予定です。

10.2 wed.

 明け方、ふと目を覚ますと足もとに飼い猫がいた。足でふわふわとさわってまた目をつむる。

 休日だが、朝から鍵屋さんが来るので早めに起きた。いろいろなことがかさなり破壊されることとなった、かわいそうな家の鍵の修理。予想していた倍くらいの金額を言い渡され、パートナーと二人でがっくりと落ち込む。気を取り直そうと朝食をつくってくれた。いつものようにチーズトーストとスクランブルエッグ。サンドイッチのように挟んでマヨネーズをかけて食べる。食べ終えたら眠くなり、いそいそと布団に戻りすこしまどろむ。

 パートナーが今日はさいきん買った本を読みたいと言うので、わたしもとなりの部屋で猫に構いつつ小指さんの『偶偶放浪記 1 を読む。前作『宇宙人の部屋』 2 で出会った彼らの、アルコール依存にまつわること以外の部分、暮らしにおけるささやかな言動なんかをのぞくことができて、なんだかうれしい。

 悲しいことは思い出すたびに記憶が強化されてしまうと聞いてから、父のことをできるだけ思い出さないようにしていた。だけどやっぱり、父に腕を引かれて歩いたこの街の記憶だけは私の中に桃源郷のように存在し続けている。(『偶偶放浪記』)

 お互い同じぐらいのタイミングで読み終えたので、夕方から近所のショッピングモールへ。全体をぶらっとまわり、一旦そのへんの椅子に座って夕飯会議。[串家]や[びっくりドンキー]などショッピングモールらしい店がいろいろとあがったが、結局パートナーが最初に提案していた[カプリチョーザ]に決定した。ツナとイカのサラダ、ライスコロッケ、トマトとにんにくのパスタ、かぼちゃのケーキ、どれもなつかしい。ちょうどつい先日実家の荷物を整理していたら、まだちいさいころ、亡くなった祖父と家族みんなそろって[カプリチョーザ]でお誕生日会をしてもらったときのポラロイド写真が出てきた。過去と線でつながったような感覚。ライスコロッケは記憶のなかよりもずいぶんと大きかった。

10.16 wed.

 横断歩道ですれ違ったひとの言っていた台詞、あたし、ポテトサラダって味決まらんねん、麻婆豆腐も。あー分かりますとおもいちょっと振り返りながら駅に向かう。

 これから引っ越し作業をする王子公園の家へ。予定より一時間早く行けます、と言われたのでいそいで向かったら、手違いで結局元の時間になるとのことだった。仕方がないので[マルキーズ] 3 でパンを買ってがらんどうの家で食べる。引っ越し屋さんは、3人で来る予定だったのに結局4人で来た。古いちいさな家に大きな男の人4人。当然あっという間に運びだしは終わったので、最後に家の写真をフィルムで撮った。がらんとした家はなんだかもう知らない場所のようなにおい。それでも光のさし方がきれいなことは変わらない。





1 アーティストでもある漫画家・小指による漫画+エッセイを組み合わせた旅の本。白水社刊。 2 アルコール依存症の恋人たちとの日々をつづった、小指による手記。発行・都築響一、編集・ROADSIDERS。 3 水道筋商店街にあるベーカリー、[マルキーズキムラヤ]。
店舗情報
神戸・元町
本の栞
  • 電話番号
    080-3855-6606
  • 住所
    神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
  • 営業時間
    12:00~19:00
  • 定休日
    水・木&不定
  • カード使用
※この記事は2025年1月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。
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SAVVY2月号『関西美術館さんぽ』
発売日:2024年12月21日(土)定 価:900円(税込)