kenyasuda_HE-100

“どんな役の人生でも
否定せず、引き受ける”

 気弱なサラリーマンからオネエまで多彩な役をこなす名脇・主役として、引く手あまたの安田 顕さん。実はビートルズマニアとしても有名で、現在開催中の『ポール・マッカートニー写真展』ではアンバサダーを担当。そんな安田さんが語る、写真展のこと、演技のこと、視ること・視られることとは……?

ずっとそこにいたくなる ぜいたくで不思議な空間

編集(以下・編) 『ポール・マッカートニー写真展』は、もうご覧になりましたか?
安田(以下・安) [東京シティビュー]での展示を見たんですが、ずっとそこにいたくなる空間でした。入ってすぐのエントランスホールにビートルズの4人の巨大な写真が飾られていて、その先にイギリスの著名な彫刻家が彼らと対面しながら作ったというブロンズ像が展示されている。それだけでライブに来たような高揚感がある。展示自体もいわゆる写真展とは違うんです。ケネディ暗殺とかベトナム戦争開始と同じような当時の社会的事件の一つとしてビートルズという現象があって、その渦中にいたポールが、自分達を待ち構えていた記者やファンや同じ時代を生きたメンバーやチームの姿を撮っている。被写体としてのポールではなく、一人の青年としてのポールが自分の思い出として切り取った目線を僕たちは初めて写真展で見ることができる。その目線と時代の共有はちょっと他にない不思議なものだと思います。
 ポールのプライベートの目線を共有できるという意味では、今でいうインスタのハイライトにも近い気がしますが、同時に「ビートルズとその時代」を擬似体験できる展示でもあるとは、興味深いです。
 江戸時代の浮世絵に近い感じもありますよね。浮世絵として、写真として素晴らしいのはもちろん、そこにビートルズのアメリカ上陸に熱狂する人たち、当時の街並みや車、カメラ、インテリア、ファッションといった風俗がそのまま切り取られている。これは歴史的見地から言っても、ものすごく貴重なものだと思います。
 さすが。ポールやビートルズに興味がなくても足を運びたくなるプレゼンです(笑)。
 ビートルズって今では偉大な音楽家として認知されているけど、当時は若い女の子がキャーキャー言ってるアイドルだった。だから今、推しがいる方には、推しが自分たちを見ている目線を楽しめる展示だと考えていただくと良いかもしれません(笑)。私たちの前では完璧なアイドルも裏ではこういう表情をしているんだって。ビートルズ推しの僕は、ジョンがポールの前だけで見せる無防備な素の表情にぐっときました(笑)。

立場や性格が違う人でも 悩みは案外、似ている

 俳優・安田 顕についても話を聞かせてください。個人的には、映画『愛しのアイリーン』の岩男役に衝撃を受けて、あの雪で閉ざされた風景の中で叫ぶ岩男の姿は、今も脳裏に焼き付いています。 
 そんな風に見ていただいて、良かったと言っていただけることが役者として一番の喜びなので、ありがたいですね。でも今、不思議だなーと思ったのは、今『愛しのアイリーン』のことを言われて、僕が思い出した風景は、実はカメラをのぞいているカメラマンさんだったり、その周りでカチンコを持ってらっしゃるスタッフさんだったりなんですよ。『ポール・マッカートニー写真展』と同じで、皆さんは雪の中にいる私を映画の中で見てらっしゃるわけだけど、当事者の中に残っている風景はまた違う。不思議ですね。
 さまざまな人物を演じる上で、心掛けていることはありますか?
 何かあるかなあ……。基本的には僕、洋楽が好きなんですが、仕事をするときは、中島みゆきさんの歌を聞くんですよ。中島みゆきさんの歌は、常に個に対して歌っているんです。『瞬きもせず』という曲に「あのささやかな人生はもしかしたら僕に似ている あのささやかな人生はもしかしたら君だったのか」という歌詞があるんですが、人って育った環境や立場によって違いはあっても、みんな弱いし寂しいし、悩んだり腐ってることは案外、一緒だったりする。
 一見、自分とはかけ離れたように思える役でも、実は自分と重なるところがありますか?
 そうですね。たとえば『愛しのアイリーン』の岩男は、山奥のへき地に年老いた母親と住んでいて、40歳過ぎて恋愛経験もなく、いきなりフィリピンに行って未成年の女性を連れて帰ってくるんだけど、うまくコミュニケーションが取れなくて、卑わいな言葉を大声で叫び、暴力的な振る舞いをする。非常にエキセントリックな人物だけど、そういう人はそういう人で生きている。架空の人だとしても、彼の人生の主人公は彼しかいないし、それを演じられるのは自分しかいない。そう思い込んで、どれだけ自分とは違う立場や性格の人物だったとしても、自分だけは否定せず、引き受けて理解するようにしています。

飲み屋で話し掛けられた 自分はオンかオフか!?

 一他人の人生を引き受ける、俳優人生の中で、オン・オフの切り替えはありますか?
 なんだろう? 素の自分に戻るという意味では、単純にカットが掛かったらオフなんだけど、現場にいる間は仕事中だからオンとも言えるし。現場を出て、オフの状態で道を歩いたり、飲み屋に寄って飲んでる時にいきなりお客さんから話しかけられて、ありがとうと言ってる自分は、果たしてオンなのかオフなのか?正直難しいですが、家の鍵を開けて中に入れば、そこはもう完璧なオフですよね。とはいっても、家でも役の仕込みはするわけで、ますます境界線が難しいですね……。

 そんなとつとつとした語りからにじみ出る、人間味あふれるユーモアと哲学。インタビューという名のヤスケン劇場に取材陣一同、仕事を忘れて酔いしれたのでした。

本誌未公開の2カットを公開


Profile
安田 顕
KEN YASUDA


1973年、北海道室蘭市生まれ。演劇ユニット「TEAM NACS」のメンバーとして北海道を拠点に活動。北海道テレビの深夜バラエティ『水曜どうでしょう』でブレイクし全国区へ。代表的な出演作はドラマ『下町ロケット』『しもべえ』『初恋の悪魔』『PICU 小児集中治療室』『大奥』など。

エキシビジョンINFORMATION
『ポール・マッカートニー写真展 1963-64~Eyes of the Storm~』
開催中〜2025年1月5日(日)


ビートルズが社会現象を巻き起こした当時の、1963年12月から1964年2月までの約3カ月の記録。メンバーであるポール・マッカートニーが撮影した未公開プライベート写真を中心に、60年前からネガやコンタクトシートのままプリント化されていなかった貴重な写真を含む約250枚が展示される。

場所:グランフロント大阪 北館 ナレッジキャピタル イベントラボ
時間:10:00〜18:00
料金:2,500円

Self – portrait. London, 1963 Ⓒ 1963 Paul McCartney under exclusive license to MPL Archive 
Exhibition curated by Sir Paul McCartney with Sarah Brown on behalf of MPL Communications Limited and Rosie Broadley for the National Portrait Gallery, London, and presented by Fuji TV.
ジャケット、シャツ、パンツ、ネクタイ(以上Paul Smith)/以上Paul Smith、シューズ/スタイリスト私物

写真/森川英里 取材・文/井口啓子 ヘアメイク/横田早紀 スタイリスト/村留利弘

※この記事は2024年12月号からの転載です。記事に掲載されている情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください

Share
  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
SAVVY1月号『よしもと漫才劇場となんば』
発売日 2024年11月22日(金)定 価 900円(税込)