栞の栞-VOL20hd

神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、田邉栞さんの日々のブックマーク

VOL.20
「すいか割りはパーティーなのか?」

text and photo
田邉 栞(たなべ しおり)
[本の栞]は9月1日で4周年を迎えました。
いつもありがとうございます。
5年目もどうぞよろしくお願いいたします。

7.28 sun.

 朝、のんびりしすぎたのでいそいで支度して、前晩から予定していたとおり[カラピンチャ] 1 に向かう。開店時間にすこし間に合わなかったので一巡めに入れないかと焦ったが、運よくすいている日だった。パートナーは初ピンチャで、あなたの定番で頼んでと言われたので二人ともチキンカレーにした。[カラピンチャ]はハレの日のカレーというかんじがある。

 おなじ電車に乗って、わたしは出勤、パートナーは帰宅。近々引っ越しの予定なのでひさしぶりに『moving days』 2 を読んだ。どの家もたいてい無印良品の冷蔵庫をつかっているな、とおもう。わたしも昔つかっていた。『moving days』は引っ越しの本なのに、その良さだけでなくて、生活の場所や環境がうつり変わることの大きさ、みたいなものまで捉えているところがいい。わたしは引っ越しがほんとうに好きだけど、それでもやっぱり終えたあとはいつもかならず体調をくずす。

 仕入れてからずっと気になっていた『些末事研究』 3 の最新号、「結婚とは何だろうか」特集も読む。途中まで文章がうまく入ってこなくて(こういうことはよくある)、なにが書いてあるのかよくわからないままぼーっと読み進めていたら、石神夏希 4 さんの文章ではっと目がさめた。

 ところが当時のパートナーが「おれたち結婚とかしてないとすぐに別れちゃうと思うから、お互いを縛ったほうがいいと思うんだよね」と本末転倒な言葉を口にしたとき、四十路を前にして初めて結婚という選択がストンと腑に落ちた。「お互いを縛る」なんてまるで入水自殺のようだと胸の内でひとりごち、すぐに、いやこれは緩慢な心中なのではないかと思い至った。つまり「一緒に生きていく」のではなくて「一緒にゆっくり死んでいく」ことだとわかったとき、結婚はようやく自分にとって身の丈に合った選択技になったのだった。(『些末事研究』)

 家に帰って素麺に納豆やらめかぶやらをのせて食べた。パートナーが毎週録画しているバラエティを横で観て、寝るまでまだ時間があったので二人でそれぞれ本を読んだ。パートナーはこないだうちの店でえらんでいた『神戸、書いてどうなるのか』 5 の文庫、わたしは『犬まみれは春の季語』。あれ、これってわたし最後まで読んだんだっけ、と何度か言いながら(知らんでと言われながら)、結局全部読んだ。カネコアヤノ 6 のライブは映画のエンドロールがずっと続くみたいだと書いていて、これすごいわかるな、と、そして前にもすごいわかるなとおなじようにおもったなと思い出し、それで前にも読みきっていたことに気がついた。

1 王子公園にあるスリランカ料理店。 2 関西を拠点とする写真家・平野 愛による、“引っ越し”をテーマにした写真集。誠光社刊。 3 2014年創刊のミニコミ誌。「結婚とは何だろうか」特集は第9号。 4 演劇集団「ペピン結構設計」を中心に活動する劇作家。アートプロジェクトなどにも携わる。 5 神戸生まれの“ロック漫筆家”、安田謙一がエッセイの形でつづる神戸案内。ちくま文庫版は2024年刊行。 6 詩的な表現や世界観が特徴のシンガーソングライター。最新アルバムは『タオルケットは穏やかな』(2023年)。

8.18 sun.

 パートナーが休みで、朝ごはんを作ってくれた。ひとりだったらこんなにちゃんとした朝ごはんはぜったい作らん、と言いながらパンをかじっている。誰かと一緒に暮らすのはつねにひとの目があるということだ。良くも悪くも。いいこともたくさんある。

 しなくちゃいけない仕事はたくさんあるはずなのにどうにもやる気が出ず、ぼんやりすごす。『哲学対話日記』 7 を読んだ。執筆陣には学校に関わっているひとが多かった。中高生のころは「先生」というものをすべていっしょくたにして苦手意識があったが、そういう職業のひとたちの感情の浮き沈みや後悔を見ると、なんだか後ろめたいような気持ちになる。子どもには、大人も人間であるということがなかなかわからない。

 このあいだ、友人たちと哲学対話をやってみた。ささやかな出だしからはじまって、コミュニケーションの中の笑顔は必要か、相手によってキャラを使い分けるか、パーティーでなにを話すのか、どこからがパーティーか、「すいか割り」はパーティーなのか、なんのフルーツならパーティーになりえるのか、など縦横無尽にうつりかわる。いちごはパーティーだけど、みかんはパーティーじゃない。なんで? 売ってる値段かなあ。はじめのテーマ決めがなかなかむずかしいが、やってみるとどんな話題からでも意外とひろがる。のってくるとついずばっと、まるでそれが結論かのように言い切ってしまいそうになるので、ところどころでいかんいかんと我にかえった。

一人ひとりが自分の頭で考えるために他者が必要。(『哲学対話日記』)

 エアコンの部屋にずっといるのでなんだか具合がわるくなってきて、電源をオフにして扉を開けたらすこし呼吸がしやすくなった。閉店間際だったので店のまわりをぐるりと歩く。日が落ちるのがはやくなったし、朝夕はずいぶんすごしやすくなった。まだまだ暑いけれど、夏の終わりがみえてきている。

7 さまざまな場所で日々哲学対話を行っている11名の日記を集めたミニコミ誌。

店舗情報
神戸・元町
本の栞
  • 電話番号
    080-3855-6606
  • 住所
    神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
  • 営業時間
    12:00~19:00
  • 定休日
    水・木&不定
  • カード使用
※この記事は2024年11月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。
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SAVVY11月号『神戸』
発売日 2024年9月21日(土)定 価 900円(税込)