映画評論家・春岡勇二がさまざまな角度で作品を掘り下げます。今回は、10月18日(金)公開 『まる』 を深掘り! 映画館に行く前に予習しましょ。
深掘りすればより面白くなる!
10月18日(金)公開 『まる』
自分を見失わない、のほほんとした強さ
文/春岡勇二
男性アイドルデュオ・KinKi Kidsとして活動する傍ら、個人のクリエイティブプロジェクト「.ENDRECHERI.」(エンドリケリー)を展開し、音楽のみならずファッションデザインやイラストなどのアーティスティックな側面でも才能を見せる堂本 剛。そんな彼の、彼らしい部分を生かした映画『まる』が公開される。堂本 剛の出演映画と言えば、福田雄一監督の『銀魂』シリーズ(2017・2018年)などがあるが、本人の単独主演作としては、『金田一少年の事件簿⦆上海魚人伝説』(1997年)以来、なんと27年ぶりとなる。
ここで堂本 剛が演じているのは、美大を卒業したものの、情熱も野望もなく、漫然と生きてきた青年。売れっ子だけれどうさんくさい現代美術家のアシスタントとして、与えられた作業を淡々とこなすだけの日々を送っている。そんなとき、仕事からの帰り道で夕景に浮かぶ街の美しさにふと心が動き、自転車で事故って腕をけがしてしまう。それで仕事はあっさりとクビ。さて、どうしようかとアパートに戻ったら、部屋に出てきたアリが一匹。その動きに導かれるようにして描いたのが「◯」。動き回るアリに合わせて、いくつもの「◯」を無心で描いた。それをなんとなく懇意にしてる骨とう屋に持ち込んでみた。すると、何がどうなったのかまるで分からないけれど、いつしか「◯」がブームとなって、当人は謎の新進アーティストに祭り上げられていた……という物語。
この映画がユニークなのは、だいたいこういった話だと、知らぬ間に起こったブームに主人公が巻き込まれ、軽薄さや悪意に満ちた騒動が次々と勃発し、主人公が否応なく翻弄されていくさまがどたばたと展開するパターンが多いのだが、本作はそうならないところだ。なぜなら堂本 剛演じる主人公は、突然沸き上がった自身を巡るブームにもちろん戸惑うけれど、浮かれはしない。周囲で起るどたばたもどこか冷めた目で見ていて、自分に直接関わってこようとする人々にも冷静に対処する。そこがいい。騒ぎの渦中にあって自分を見失うことがないのだ。その様子が、トップアイドルとしての年月を生き抜いてきた本人の姿と重なる気がした。
監督は、『かもめ食堂』(2006年)や『彼らが本気で編むときは、』(2017年)などの代表作を持つ荻上直子。脚本も監督のオリジナルで、主人公像は堂本 剛の当て書き(初めから演者を想定して書くこと)だという。堂本 剛が「20代~30代の頃は仕事が忙しすぎて、自分というものが分からなくなってしまい、とてもつらい時期があった」と過去のインタビューで答えていたのを読んで本作の構想を練ったというが、本作の主人公には実際にそんな時期を乗り越えた者だけが見せられる、のほほんとした強さが醸し出されていて魅力的なのだ。
共演陣も、主人公の隣室の住人で主人公に妙に絡んでくる漫画家に綾野 剛、主人公の同僚で階級闘争の活動家の女性に吉岡里帆、主人公の「◯」に最初に目を付ける謎の美術品バイヤーに早乙女太一と、クセ強めの役どころに旬なメンバーが配されている。中でも、主人公のバイト先であるコンビニの同僚を演じた森崎ウィンの柔軟な演技が印象的。さらに、柄本 明、片桐はいり、小林聡美らベテラン勢も存在感充分。にぎやかしの濱田マリとおいでやす小田も悪くない。一人ひとりのキャラクターに荻上監督の愛情が感じられ、その最たるものが堂本 剛演じる青年へのものであることは言うまでもない。
監督は『かもめ食堂』の萩上直子
1972年生まれ、千葉県出身。1994年に渡米し南カリフォルニア大学大学院映画学科に学ぶ。『バーバー吉野』(2004年)でデビュー。『かもめ食堂』(2006年)がヒットし北欧ブームの火付け役となる。近年の作品に『川っぺりムコリッタ』(2022年)、『波紋』(2023年)などがある。
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北欧にぽつん、心温まる小食堂
『かもめ食堂』(2006年)
フィンランド・ヘルシンキにぽつんとある、日本人女性が営む小さな食堂。初めはがらがら。でも、「ガッチャマンの歌」をきっかけに、少しずつ町の人たちに愛されていき……。主役3人の息もぴったり。
監督:萩上直子/出演:小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ、ヤルッコ・ニエミほか
3人で見つける本当の家族
『彼らが本気で編むときは、』(2017年)
育児放棄された少女を引き取ったのは、少女の叔父と、その恋人で元は男性のリンコさん。戸惑うこともあるけれど、編み物をすれば心穏やかになり大丈夫。生田斗真がトランスジェンダーの女性を熱演。
監督:萩上直子/出演:生田斗真、桐谷健太、柿原りんか、ミムラ、小池栄子 ほか
27年ぶりの単独主演 堂本 剛
1979年生まれ、奈良県出身。ドラマ『金田一少年の事件簿』(1995年)シリーズなどで活躍。1997年にKinKi Kidsとして歌手デビューも果たし、トップアイドルとして活躍。その後クリエイティブプロジェクトト「.ENDRECHERI.」を展開するなど、さらに活躍の場を広げている。
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「じっちゃんの名にかけて!」
『金田一少年の事件簿上海魚人伝説』 (1997年)
名探偵・金田一耕助の孫、金田一一(はじめ)が、上海の雑技団で起きた、呪いの言葉をめぐる連続殺人の謎に挑む。テレビシリーズの劇場版完結篇。上海での一大ロケも話題になった。
監督:堤 幸彦/出演:堂本 剛、ともさかりえ、古尾谷雅人、水川あさみ ほか
柔軟な演技が印象的 森崎ウィン
1990年生まれ、ミャンマー・ヤンゴン出身。9歳のとき日本に移住。2008年にクリスタルズとしてCDデビュー。同時期にドラマ『東京少女〈桜庭ななみ〉』で俳優デビューも果たす。近年の出演作に『嘘喰い』(2022年)、『身代わり忠臣蔵』(2024年)などがある。
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莫大な富を賭けた謎解きレース
『レディ・プレイヤー1』(2018年)
荒廃した近未来を舞台にしたS・スピルバーグ監督のSFアクション。森崎ウィンは主人公とアバター同士が友人となるトシロウを演じる。これは監督が敬愛する俳優・三船敏郎から名付けられた。
監督:スティーブン・スピルバーグ/出演:タイ・シェリダン、オリビア・クック ほか
MOVIE INFO.
『まる』
10月18日(金)公開
監督・脚本:萩上直子/出演:堂本 剛、綾野 剛、吉岡里帆、森崎ウィン、柄本 明、小林聡美 ほか/上映館:T・ジョイ京都、TOHO シネマズ梅田、OS シネマズミント神戸 ほか© 2024 Asmik Ace, Inc.
※この記事は2024年11月号からの転載です。記事に掲載の情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認ください。