栞の栞-VOL5hd

神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、則松栞さんの日々のブックマーク

VOL.5
人間は週6日働いて生活するようにはつくられていない

text and photo
則松 栞(のりまつ しおり)
神戸で[本の栞]という本屋をやっています。
6/12(月)からしばらく改装のためお休みです。
7月上旬ごろ再開予定。

5.7 sun.

 起きると寝たときから12時間も経っていた。いきなり気温ががくんと下がっている。肌寒い。

 くどうれいんさんの『桃を煮るひと』 1 のゲラをミシマ社から送ってもらったので、仕事の合間に読んでみる。カリカリ梅の文章を読んでいてじわっとよだれが出てくる。酸っぱいもののことを思い浮かべると自動でよだれが出てくるなんて、人間はなんて想像力の豊かな生き物なんでしょう。

 わたしもくどうさんと同じに食べることがとにかく好きで、平気で一人で外食するタイプなのだけど、「ひとりでご飯を食べられない」という章の、

わたしがひとりでご飯を食べに行くのが苦手なのは、「ひとりでおいしいものを食べるとおいしさよりも悔しさが勝ってしまうから」なのだ。わたしは食事を「おいしさをだれかとぶつけあうための行為」だと思っているのかもしれない。

というくだりには共感してしまい、その表現の的確さに笑った。一人でご飯を食べることを、「だれかとぶつけあう」に対抗して表すとしたら、目の前の食べ物と一対一で勝負している感じで、それもまた楽しいことだ。食事はいつだって真剣勝負!

 読んでいたらお腹が鳴って、実家から持ってきたカステラをもぐつく。

1 1994年、岩手・盛岡生まれ&在住の歌人・作家であるくどうれいんによる食をテーマにしたエッセイ集。

5.18 thu.

 5月から、店の定休日が水・木と2日間になった。日々の過ごしやすさにおどろく。人は週6日働いて生活するようにはつくられていないのですね。大阪でめんどくさい用事を済ませてから、わざと準急に乗って眠りこけながら京都へ向かう。平日の昼間から夕方にかけての時間帯に、普通ならば特急などに乗るところをあえて普通電車や準急に乗って、ちんたら移動するのがたまらなく好きだ。これほどのぜいたくはない。

 阪急の京都河原町駅の階段をのぼっていたら目の前に神戸の友人がいて、面食らってつい声をかけてしまった。なぜだかお茶をすることになり、カフェで大学生にまみれながら色のついた炭酸水をぼーっと飲む。本当は好きな喫茶店で本でも読もうと思っていたのだが。

 ほなまたねと別れ[アバンギルド] 2 に。席ありとはいえ結構な人が入っていて、平日ど真ん中とは思えないよい温度感。こういうところが京都はええよなあとうらやましく思う。高山さん 3 は相変わらずいいうたを歌っていた。最近、本来レアなはずのバンドセットばかりで逆にソロを見ていない、見たいなあ。バンドセットは奥行きやひろがりが増して、言葉の解像度も上がるかんじ。それもすてきだけど、高山さんの音楽は、近くのだれかと話しているような感じで聴くのが一番好き。いろいろな夏がよぎっていき、気持ちが一瞬遠くへいく。

 ずっと見てみたかったスズメンバ 4 は、本当に、本当に良くて、なんというかありがたい気持ちになった。炊きたての白米みたいな。「Spasibo」はちょっと涙がでるほど。ライブでいつもこの曲をカバーしている高山さんがずっとうれしそうにステージをみていて、終わったとたんにこれが本家です~っと言ってきたのもよかった。多幸感を共有する。

 送迎係の友人と走って、阪急電車に飛び乗った。行くか迷うなあ、ぐらいの日が意外とすばらしい夜になったりする。早く買ったCDを聴きたい。

2 ライブやイベントなどを多数開催する京都・木屋町のアートスペース。イベントのない日は食堂としても営業。 3 京都を中心にグラフィックデザイナー、ミュージシャンとして活動する高山燦基。 4 本田未明がソロ名義でスタートし、のちに4人のメンバーを加えてバンド編成へ。京都を中心に活動する。

5.20 sat.

 仕事終わり、六甲駅の[ブックファースト]に久しぶりに入った。大型書店って昔からあまり入らない。晩ちゃんの小説 5 が載っている『小説すばる』を買う。『すばる』と『小説すばる』ってちがうものなのね。本屋なのに知らなかった。[ヘッケ] 6 で早速読む。わたしは集中力がものすごく低いので、なかなか外で本を読んだりはしないのだけど、ぐんぐん引き込まれてあっというまに読み終えてしまった。まわりの話し声もそっちのけで、しばらくぼんやりする。とても良かったけど、殴られたみたいな、痛苦しい気持ち。でもなんか、気の抜けるような笑いや、心強さもあって、まちがいなく晩ちゃんの書いたものだなあと思う。

生きていることのよろこびが、かなしみが、お湯はあふれる、こんこんとあふれる。
気がつけばキョウレツだったお湯のかおりがわからなくなった。
鼻はすぐに慣れる。
どうして、慣れてしまうのだろう。
生きのびる、ためでしょう。
わたしは目をつむり、頭の先までお湯に沈む。
毛先まで浮ついて、ゆらゆらと踊りだす。
ちょっぴり苦しいから顔を出す。
髪の毛に、お湯のにおいがついたみたい。
やっぱり、これはキョウレツだ。

5 歌人・作家の小原 晩の初小説である読み切り短編「発光しましょう」。『小説すばる』6月号掲載。 6 神戸・六甲のカフェバー[Coffee Bar Hecke]。
店舗情報
神戸・元町
本の栞
  • 電話番号
    080-3855-6606
  • 住所
    神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
  • 営業時間
    12:00~19:00
  • 定休日
    水・木&不定
  • カード使用
※この記事は2023年8月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。
Share
  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
SAVVY6月号「みんなのランチ手帖 2025」
発売日:2025年4月23日(水)定 価:900円(税込)