栞の栞-VOL.10hd

神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、則松栞さんの日々のブックマーク

VOL.10
駅から見える山の稜線、川の水面

text and photo
則松 栞(のりまつ しおり)
神戸で[本の栞]という本屋をやっています。
11/26(日)は山本精一さん、元山ツトムさんのアンビエントライブです。
お見逃しなく!

10.3 tue.

 朝のちょっとした用事が予想よりもはやく終わったので、[ロイヤルホスト]でモーニングを食べた。野菜とチーズの入ったオムレツと、カリカリのベーコン、ソーセージ、ベイクドポテト、それからパンケーキのセット。幸福をそのまま形にしたらこんな感じでしょう。貯まっていたポイントを使って、タダで食べた。ラッキー。

 仕事中、検本をしていてたまたま読んだ詩がすごく良かったので、そのページを写真に撮って、東京に住んでいる大学時代の友人に送った。『ミントとカツ丼』 1 という詩集。「インカレ叢書」となっていたが、学生の人が書いたのだろか。

その店でおばちゃんがつくるとろとろ卵のデミオム六百円が食いたいいつでも
心の調子ときどき身体の調子は自分でどうしようもないくらいどうにもならないもので
飯も食いたくないくらいしんどい時でもそれだけは喉を通った
それがたとえ七百円になっても八百円になっても千円になってもおれは食いたい
その街を離れたいまでも
いつでも食いにいきたい
(中略)
でもこればっかりはどげんしようもなかもんねえ
おれの口から出た言葉はあのときおっちゃんから聞いたのとおなじ言葉で
とてもかなしかったそういうのをかなしいというのが適切なのかはわからないけど
ほかに言いようがないできればこういうときあの店のデミオムが食いたい大盛は追加で五十円の
(「デミオム」)

 学生時代、片手におさまるほどの友人や親しい教授と行っていた、あのあたりで唯一煙草の吸えた喫茶店は、このあいだ久しぶりに前を通ったらつぶれていた。

1 牛島映典著、七月堂刊行(インカレポエトリ叢書)の詩集。

10.15 sun.

 11月に店でライブをやってもらう、元山ツトムさん 2 のライブがあるとのことで、[ヘラバ] 3 に顔を出す。タケヤリシュンタさん 4 の企画で、ほどよくジャンルのばらけた、でもまとまりのある、いい空気のイベント。途中、潮田雄一さん 5 を紹介されたので挨拶をした。小柄でお洒落なおじいさんみたいなセットアップがしっくりとして、なんともよい声で話す人。案の定、すばらしい歌声をしていた。そして、彼は、祈るみたいにギターを弾いた。その姿がとても孤独で、きれいでした。

 次の日の昼すぎ、潮田さんが店に寄ってくれた。楽器や大きな荷物を脇に、外から手を振っているので、駆け寄って扉を開けたら、酒臭い、顔が赤い、片手には缶ビール。わ、もう飲んでるんですか。うん、なんかね、天気がよかったから。

 缶を持ったまましばらくうろうろと本を見て、佐藤泰志 6 の初期作品集とアンナ・カヴァン 7 を買ってくれた。良いチョイス。本を手に取るたびにそこらへんにぽんと缶を置くので、そのうちひっくり返さないだろうかと不安で後ろ姿を眺めていた。本の会計をしたあと、あれ?そういえば缶がない、となり、店中をどれだけ探し回っても見つからず、缶ビールが神隠しにあった……と二人で呆然としていたら、あっ、と言ってズボンのポケットからつぶれた缶が出てきて、どっと力が抜けた。本に夢中になりすぎた、とつぶやいていた。

 潮田さんはとても本が好きな人で、彼と話をしてから、また本がよく読めるようになってきた。いまは『インディアナ、インディアナ』 8 を、柴田元幸さんの訳書の話であがったのをきっかけに、久しぶりに読んでいる。頭のなかのおしゃべりが、しんと静かになる本。

生涯のうち悩みがとりわけ深かった時期に、ノアは一から十まで小さく声に出して数える習慣を身につけた。何度も何度も、数たちの澄んだ小川が頭を満たすまで、唱えるのだ。
一から十までってのは悪くない広がりだよ、とヴァージルがあるときノアに言った。こっちの好きなように長くも短くもなる、いい按配の幅さ。一と言って、息を吸う。二と言って、息を吸う。そうやってなじんでいくのさ。

2 神戸在住のペダルスティールギター奏者。豊田道倫&New Session等に参加。 3 神戸・三宮のライブハウス[Helluva Lounge]。 4 神戸のフォークグループ、さんましめさばのギタリスト。ソロでも活躍。 5 バンド・QUATTROを経てソロで活動するミュージシャン。VIDEOTAPEMUSIC、池間由布子等にもギタリストとして参加。 6 『そこのみにて光輝く』『海炭市叙景』などで知られる北海道出身の小説家。 7 『アサイラム・ピース』などで知られるイギリスの小説家。 8 ある年老いた男の人生を静かに描写するレアード・ハントの小説。ignition gallery刊。

10.25 wed.

 移動中、ドライの植物を持ち歩いていたら、駅のホームで、品のいい感じのおばあさんと外国人のおじさんにそれぞれ話しかけられ、その植物はなにかとたずねられた。これはスモークツリーですよ、と答えると、二人とも、スモーク? ああ、たしかに、本当に煙みたい、と笑っていた。いいものを教えてもらったわ、どうもありがとう。いえいえ。

 電車のなかで、折坂さんの歌詞集 9 に載っていた「ユンスル」 10 の日本語訳を読んで、すこし涙が出た。ちょうど駅に着いたので、降りて曲も聴いた。王子公園は、本当にきれいな街。ホームから見える山の稜線が光る。駅の近くに流れる、川の水面を眺めた。これをユンスルと言うのね、とてもきれいです。

もしもし、聞こえますか
私はこの近くに住んでいます
とても近くに川が流れていますが、あまり見に来ません
水を近づけると心が暗くなると聞きました
でも見ないでいると、ふと川が消えてしまうような気がして、
今日こうして来てみたらユンスルがとても美しく光っています
ここで見るユンスルを、そこでも見ていますか

もしもし、聞こえますか
私はよく悲しくなる人ですが
悲しくない人が好きです
私は悲しくない人になりたいです
悲しくない人になりたいです
私は悲しくない人になりたいです
悲しくない人になりたいです

9 『あなたは私と話したことがあるだろうか』(WORDSWORTH)。 10 ミュージシャン・折坂悠太のアルバム『心理』収録。客演はイ・ラン。

店舗情報
神戸・元町
本の栞
  • 電話番号
    080-3855-6606
  • 住所
    神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
  • 営業時間
    12:00~19:00
  • 定休日
    水・木&不定
  • カード使用
※この記事は2024年1月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。
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