神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、則松栞さんの日々のブックマーク
VOL.11
林檎の皮をうまく剥けない
text and photo
則松 栞(のりまつ しおり)
神戸で[本の栞]という本屋をやっています。
なのに、いつも酒と音楽の話ばかりでごめんなさい。
年始は1/1より営業します。
11.11 sat.
今日も店をそそくさと早じまい。電車の窓ぎわの席で缶ビールを飲みながら、2時間ほどかけて近江八幡まで行く。[サケデリック・スペース 酒游舘] 1 という場所の名前、耳にするたびに思わず笑ってしまう。すごく好きな名前です。 落穂の雨 2 というトリオをみた。[酒游舘]は元酒蔵なので天井が高くて、音の響きが長く、い つまでも鳴りつづけるようだった。アルトサックスの川島さん 3 は、鴨居 玲 4 の絵のようにサックスを吹くので、聴いていると、時折、苦しくなった。はじめは、真ん中にならぶパイプ椅子に座ってみていたけれど、途中から席を立って後ろでみて、そのほうが、ずいぶんよかった。動きのある演奏は、じっと座ってみているよりも、同じく揺れ動きながらみるほうが、近い状態になれるような気がする。 打ち上げがはじまるすこし前、「ワンカップ大関」柄のスエットを着たオオゼキさんという女性が、ねこさんどこ行った? と言っていて、そこのベンチにいるよ、と誰かが答え、猫好きのひとが、え、ここ猫がいるの、とぱっと後ろを振り向いたら、小さいおじいさんがちょんと座っていた。おれ、一瞬本当に猫に見えたなあ、あのとき、と、猫好きのひとは言っていた。ねこさんは、すみっこでずっとにこにことお酒を飲んでいて、時折なにか言って、皆もそれににこにこと返事をする。蔵の精とか、そういう人だったのかもしれない。 だんだん皆酔っぱらってきて、あちらこちらでそれぞれが好き勝手に踊りはじめ、それが たいへん良い感じの間抜けさで、うれしい気持ちになり、私たちも外に出て、音楽も流れない中で、適当に踊った。社交ダンスみたいにくるくると。
酒は、中毒的に生理的に、生命の肯定面を一時強調する。或る意味で酒に宗教味がある。
鈴木大拙『日本的霊性』(岩波文庫)
11.15 wed.
このところ休んでばかりなので、感覚が狂う。ずっと休んでいるようなかんじがする。今 日は一日中、家にいた。風呂を掃除したり、洗濯物を畳んだり、春菊や小蕪を鍋にして食べたり、落花生を塩茹でしたり、お茶を飲んだりして、それから床にころがって『かつらの合っていない女』 5 を読む。最初の、「彼女 SHE」がよかった。
もう終わったと彼女は思ったけれど 終わってはいなかった。 すべてが終わるまで 自分にとっても終わらないのでは と彼女は怖れている。
彼女は目を上げた。胸の内で心は沈んでいた。彼女は忘れられなかった。もう一度やっ てみるしかない。もっとがんばってみるしかない。彼女は何も持っていないように思えた が 実は何かを持っていて それが違いを生んだはずなのだ。
日が暮れてきて、さすがに一歩も外に出ていないのは、と思い、近くの川まで散歩に行った。途中で缶ビールを買う。最近やっとCDを買って、くりかえし、くりかえし聴いてい る、池間由布子の「My Landscape」 6 を聴きながら歩いた。「あなたの風景になりたい」の、あなたに会う前の世界はもう思い出せないです。という歌詞がすごく好きで、私はこれから誰かに対してそんなふうに思うことがあるのだろうか、とか考えてみて、ほんのりと寂しくなった。 いくつかの酒場に心惹かれつつもゆっくりと家に帰って、洋梨を剥いたりハムとチーズを並べたりして、もらいものの赤ワインを開けた。洋梨はまだ熟していなくて、かたくて、 林檎みたいだった。『逃げた女』 7 を観ながら飲む。すごく良かった。ホン・サンスは、も はやなにが良いとかはわからないが、なんかとにかく好きだ。このタイミングで観たのが良かったかもしれない、でも、ホン・サンスの映画には、いつもそう思っているような気もする。劇中に、林檎を剥いて食べるシーンが二度出てきた。私は林檎の皮を、包丁でうまく、剥くことができない。
- 電話番号080-3855-6606
- 住所神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
- 営業時間12:00~19:00
- 定休日水・木&不定
- カード使用可