プリント

神戸・元町四丁目の本屋[本の栞]を営む、則松栞さんの日々のブックマーク

VOL.13
わからないことなんてどこかへやってしまいたい

text and photo
則松 栞(のりまつ しおり)
書店[本の栞]、次回イベントは3月9日(土)、
山本精一さんと鈴木創士さんによる「ノイズ・バロックの夕べ」です。
どうかスピーカーが壊れませんように。

1.23 tue.

 昨日は店で工藤祐次郎さん 1 のライブ、満員御礼。すごくよかった、「昔、好きだった人」が聴けてうれしかった。工藤さんの書くすこし切ない歌がすごくすきだ。

誰かいるの? どこから来たの? いつからそこにいたの? どうしてここにいるの?

  仕事をしていたら、むかし付き合っていたひとの家には洗濯機がなかったので洗濯のたびに近くのコインランドリーに行っていて、待っているあいだ目の前の自販機でスコールを買って飲んでいたことをいきなり思い出してなんだかすこしぞっとした。ストリートビューでそのあたりを見てみたらアパートの名前も外観も変わっていたけれどその建物は まだそこにあって、でも隣の蕎麦屋はなくなっていて、コインランドリーと自販機はのこっているようだった。もうかつての恋人はきっとそこには住んでいない、そんなことのすべてがむしょうに寂しいのだいつもわたしは。

 行きしなに商店街で買った550円の弁当を食べて、仕事して、すこし走って、帰ってギターを弾いた。生活の良し悪しを決めるのは結局自分なのでしょう。

1 アコースティックギターの弾き語りを中心に、シンセサイザーなども用いながら音楽作りを行うシンガーソングライター。2023年に4枚目のフルアルバム『ボン・ボヤージュブギ』を発表。

1.24 wed.

 家の修繕で工務店の人が朝9時に来た。はやい。休日なのに早起きするはめになった。 鯖缶でパスタを作って食べて、[元町映画館]へ。入り口で八百屋 2 をやっている友人を見かけて、背後から声をかけたらびくっとしていた。 背のでかいひとが、びくっとしているすがたはちょっとおもしろい。ああおどろかせてすみません、とおもう。

 友人と同じ列の端っこと真ん中で、『きのう生まれたわけじゃない』 3 を観た。ふしぎな心地だけど、弱く小さいものに対するまなざしのやさしい、いい映画だった。この世とあの世のさかいめがあいまいなかんじ。これまでのこと、これから起きること、生きているひと、死んでいるひと、地つづき。死んだら、はい、そこで終わり、というのではなく、まわりのひとたちの記憶や、出来事で、そのひとはのこりつづけてゆく。それに、映画のなかでは、生きているひととおなじように、死んでいるひとも映し出されつづける。

 さっきの友人をつかまえて、近くの喫茶店で映画のこと、読んでいる本 4 のこと、つい話を結論づけてしまうこと、など話す。ひとつのことをずっと考えつづけることってないの、と問われ、そういえばあまりないな、とおもう。なにか考えることが、数珠つなぎのようにどんどん生まれてくるので、ひとところにとどまっていることがあまりない。わたしはわからないことをよくわからないままで近くに置きつづけるのがこわくて、はやくどこかへやってしまいたいのかもしれない。こうしてまたそれらしい顔で結論を出してしまう。

他者とわかりあうことはできません、他者に何かを伝えきることはできません、という感覚は、広く共有されているように思う。わかりあうことができないからこそ面白い、とか、他者は異質だからこそ創造的なものが生まれる、とかいう言説もあふれている。その通りだ。その通り。全くもって、完璧に、同意する。だがわたしはあえて言いたい。それでもなお、わたしはなお、あなたとは完全にわかりあえないということに絶望する。

2 “脱力系八百屋”のキャッチフレーズで春日野道で営業する八百屋[ちょっとどころじゃないです]。兵庫県の農家の直送野菜を中心に扱い、飲食店への卸しも行う。 3 詩人・翻訳家としても活躍した福間健二監督作。若い頃に妻を失った77歳の元船乗りと学校に通わず過ごす中学2年生の少女の出会いを描く。 4 永井玲衣による哲学エッセイ『水中の哲学者たち』(晶文社)。日常に根ざす問いや思考を哲学的アプローチで広げ、対話につなげる。
店舗情報
神戸・元町
本の栞
  • 電話番号
    080-3855-6606
  • 住所
    神戸市中央区元町通4-6-26 元村ビル1F北
  • 営業時間
    12:00~19:00
  • 定休日
    水・木&不定
  • カード使用
※この記事は2024年4月号からの転載です。記事に掲載されている店舗情報 (価格、営業時間、定休日など) は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認の上お出かけください。
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