美術と音楽を軸に語られる
人と人との、深いつながり
文/春岡勇二
秋と言えば芸術に親しむ季節。そして映画は人間の真実を描くもの。と、いうことで今月は美術と音楽を通して人の心の奥底に潜む欲望や孤独を暴き、互いに求め合う人間たちを描いた2作品。
1本目の題材となっているのは、江戸文化の裏の華・春画。性の交わりを描いて、幕府の禁制品であったが故に、逆にその独創的で自由奔放な描写が発達し、葛飾北斎、喜多川歌麿、鈴木晴信、歌川国貞ら才能あふれる絵師たちが腕を競い合った。また、当時おそらく世界一の技術を持っていた彫師、刷師といった画工たちが精緻な技を発揮して、出来上がったものは庶民から大名まで、身分や職業、さらには性別も分け隔てなく、多くの人たちの愛蔵嗜好品となり、その一方で間違いなく芸術の高みにまで到達していた。そんな春画に魅せられ、研究に没頭する男。変わり者の「春画先生」と揶揄されるが、本人は気にしていない。ある日、彼が通う喫茶店に勤める女性が春画に興味を示し、彼の元で学ぶことに。そして、その出会いはやがて、二人の心の奥に眠っていた欲望を目覚めさせていくのだった。主演は内野聖陽に北 香那。他に男の弟子で、共に春画全集を編纂する編集者役で柄本 佑が共演。女にも男にも平気で手を付けるバイセクシャルな人物を、持ち前のあふれ出る色気の中に怪演している。監督は、『黄泉がえり』(2003、『どろろ』(2007)、『さよならくちびる』(2019)などの作品で知られるが、なかには『月光の囁き』(1996)や『害虫』(2001)といった攻めた性的描写を持つ作品もある塩田明彦。惜しむらくは、もう少し春画そのものをフィーチャーしてほしかったとも思うが、春画を軸に秘められた欲望に迫ろうとした意図はよく分かる。
もう1本のモチーフになっているのは、歌。歌が、主要キャラクター4人の時間をつないでいく映画。監督は『スワロウテイル』(1996)、『リリィ・シュシュのすべて』(2001)、近年も『ラストレター』(2020)など、作品発表ごとに話題を呼ぶ名匠・岩井俊二。4人を演じるのは、広瀬すず、松村北斗、黒木 華、そして、今年6月に惜しまれつつ解散したロックバンド、Bishのメンバーで、今回が映画初主演となるアイナ・ジ・エンド。岩井映画らしい個性と魅力に満ちたメンバーで、彼らが、岩井監督が創造する世界でどんな演技を披露しているのか、邦画ファンならすでに気になっているはず。物語は、アイナ・ジ・エンド演じる路上ミュージシャンのキリエの歌が、本人を含む4人の若者の13年間をつないでいくというもの。キリエは歌うときは声が出るが、普段、話すときには声が出にくいという設定も岩井作品らしい。舞台となるのは、石巻、大阪、帯広、東京。内容について詳細は書けないが、岩井監督がいつかは撮らなくてはならないと、ここ10年間覚悟していたものについに挑んだ、ということは言える。上映時間約3時間。たっぷりの岩井ワールド。
『春画先生』 10月13日(金)公開
R15+
大阪ステーションシティシネマ、MOVIX京都、kino cinéma 神戸国際 ほか
監督/塩田明彦 出演/内野聖陽、北 香那、柄本 佑、白川和子、安達祐実 ほか
『キリエのうた』 10月13日(金)公開
T・ジョイ京都、T・ジョイ梅田、OSシネマズミント神戸 ほか
監督/岩井俊二 出演/アイナ・ジ・エンド、松村北斗、黒木 華、広瀬すず ほか
※この記事は2023年11月号からの転載です。記事に掲載されている情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認下さい。