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時にわずらわしくとも
かけがえのない家族

文/春岡勇二

先月『マイ・エレメント』と『高野豆腐店の春』を“父と娘”の映画として紹介させてもらったので、今月の1本目は“母と息子”の映画に。名匠・山田洋次監督が、吉永小百合と大泉洋を主役の母子として撮った『こんにちは、母さん』だ。
 舞台は、東京・隅田川沿いの下町。ここで生まれ育ち、今は地元を離れて大企業の人事部長を務める男。人事部長は要職だけれど、リストラを断行している会社では、仲間とも言うべき人間たちにも退職を勧奨しなければならない立場でもある。そのストレスは家庭生活にも影響し、妻とは別居中だし、大学生の娘も家出して帰ってこない。ある日、男が久しぶりに実家に立ち寄ると、そこには家出中の娘の姿が。さらには昔と変わった母の様子も男を戸惑わせる。洒落た服を着て、振る舞いもどこかしら華やいでいるのだ。どうやら70代にして恋をしているよう。父はとうに亡くなっているので問題はないけれど、息子としては、ここにも居場所がない感じがして面白くない。ただ、それでもしばらく通ううち、忘れていた下町の厚い交流や、母と一緒にボランティア活動をしている人たちと触れ合い、自分が置き去りにしてきた大切なものに少しずつ気付いていく。
 原作は、永井 愛の同名戯曲。2001年と2004年に上演され、2007年にはNHKでドラマ化もされており、舞台もドラマも加藤治子と平田満が母子を演じた。山田監督は初演直後に映画化を企画したがこのときは実現せず、いま20年越しの思いがかなったわけだ。大泉 洋は、ちょっとすねた男がよく似合い、今回、受けの芝居が多い吉永小百合との微妙なズレが、大人の母子の心情と重なっていい効果を生んでいる。母がほのかな思いを寄せる男を演じるのは寺尾 聰。大泉の娘役は永野芽郁。川沿いに住むホームレスを演じる田中 泯が存在感を放つ。今年92歳になる山田洋次監督が安定の世界観で挑む実は野心作。
 家族を描いた作品をもう1本ご紹介。こちらはドキュメンタリー。ステージと観客が一体となって熱気を放つ会場で「近頃はギターがないロックが流行りよるらしいけど、知らんそんなのは」と言い放ち、手にした69年製レス・ポール・カスタムを鮮やかに弾き鳴らすのは、ロック・バンド「シーナ&ロケッツ」の鮎川誠。映画のタイトルは『シーナ&ロケッツ 鮎川誠~ロックと家族の絆~』。今年1月に亡くなった、日本で最も愛されたロックンロール・ギタリストの一人であり、3人の娘の父親でもあった鮎川の生い立ちからミュージシャンとしての軌跡、良き家庭人であった素顔に迫るが、その全てがかっこいい。「生活のすべてがロックという世界に(妻の)シーナが(自分を)引き込んでくれた」と語り、下北沢の街を連れ立って歩く二人。「鮎川さんがいなくなったことは大したことじゃない。〝いた〟ってことがすごいんだ」と言う甲本ヒロトに、ほんとにそうだと強く同意してしまう、この夏必見の音楽と家族のドキュメンタリー。

『こんにちは、母さん』
9月1日(金)公開
大阪ステーションシティシネマ、MOVIX京都、OSシネマズ神戸ハーバーランド ほか
監督/山田洋次 出演/吉永小百合、大泉 洋、永野芽郁、YOU、 枝元 萌、宮藤官九郎、田中 泯、寺尾 聰ほか

©2023「こんにちは、母さん」製作委員会

『『シーナ&ロケッツ 鮎川誠~ロックと家族の絆~』 』 
8月25日(金)公開
シネ・リーブル梅田、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸 ほか
監督/寺井 到 出演/鮎川 誠、シーナ、鮎川陽子、鮎川純子、LUCY MIRROR、唯子、松重 豊(ナレーション)ほか

©RKB毎日放送/TBSテレビ

※この記事は2023年10月号からの転載です。記事に掲載されている情報は掲載時のもので、記事をご覧になったタイミングでは変更となっている可能性があります。最新情報をご確認下さい。

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